2019年4月24日 (水)

日本100名城 箕輪城

群馬県 高崎市 箕郷町  「箕輪城」

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 74/200 1500年頃長野氏により築城されたとされる 要衝として交戦の場となり武田・織田・北条・徳川の各氏がその時々に有力家臣を城主として配した 堀切や石垣などの遺構が各所に残っている大規模な平山城

広い駐車場がある搦め手口から入りました
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桜の木が「二の丸」画像の搦手口付近は外堀にあたるようです
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搦手口からの道
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「二の丸」
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「大堀切」から土橋を渡ったところが「郭馬出」
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再現された「郭馬出西虎口櫓門」
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再現された廃城時に削られた「土橋」と「石垣」
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堀切の中を歩くと城に包まれる気がしますね
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二の丸の奥が「本丸」
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堀切側の「本丸西虎口」は工事中で橋が再現されるのでしょうか
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本丸とさらに奥の「御前曲輪」の間の堀跡
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桜が見事な「御前曲輪」
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御前曲輪を囲む堀の下部に残る石垣
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「三の丸」に多く残る石垣
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「鍛冶曲輪の石垣」
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今回は中央のコースで切堀と石垣を中心に見ました
様々な遊歩道コースがあり全部回れば広さが実感できそうです

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2019年4月20日 (土)

続日本100名城 名胡桃城

群馬県 利根郡 みなかみ町下津 「名胡桃城」

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 73/200 沼田城と同様に勝頼の命を受けた真田氏が城を奪った 真田と北条の領有争いに秀吉が調停を行ったがこれを不服とした北条方が名胡桃城を乗っ取ったことで秀吉が小田原攻めを決めたとされる 北条氏が滅び沼田城が真田により安泰となったことを機に名胡桃城は廃城となった

月夜野バイパス沿いにある遺構は場所がわかりやすい
案内所には案内をしてくれる方もいます
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ちょっと整備されすぎていてカラー舗装?になっているのは少し行きすぎかもしれませんが誰でも気軽に立ち寄れる施設です
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「丸馬出」
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説明板もわかりやすい
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右手「三郭」には三日月堀跡が見つかっているので最初は馬出だったとのことです
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「三郭」から「二郭」への橋
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「二郭南虎口」食い違い虎口になっています
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薬研堀の深い堀
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二郭は縦長で住居跡も見られます
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「二郭北虎口」には石積みが残っています
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「本郭」への木橋
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本郭 城址跡の碑
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本郭
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「ささ郭」
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誰が置いたか5円玉の六文銭
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先端の「物見郭」
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こんな砦のような小さな城を奪い合うことで大変なことが起きるなんて想像できていたのでしょうか

写真ではわかりにくいのですがかなり周囲の堀が深い城でした

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2019年4月19日 (金)

続日本100名城 沼田城

群馬県 沼田市 西倉内町  「沼田城」

 続日本100名城 (116

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 72/200 日本有数の河岸段丘に沼田氏造った城 勝頼の命を受けた真田氏が城を奪い奪還に来た沼田平八郎を謀殺する 後に北条家と領有争いが起こり利根川を境界にすることになり沼田城は北条方となる 北条氏の滅亡後再度真田氏が城主となり大天守を含め整備された 100年近く真田氏により治められたが改易になり城も破壊されてしまった 

東京より遅い開花で満開の情報があったので訪れました
城としては破壊され現在は公園として親しまれています
本丸に再現された「鐘楼」
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本丸跡は花や木が植えられています
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本丸にある「真田信之」「小松姫」の像
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天守跡
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天守跡にある日清日露の兵士を祀った「利根英霊殿」
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大手門「沓石」
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「西櫓台の石垣」
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その上にある樹齢400年以上とされる「御殿桜」
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謀殺した沼田平八郎の首を置いたとされる「平八石」
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発掘調査が行われた「本丸堀跡」
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案内所にある模型
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「旧生方家住宅」東日本最古の町家造りとして国の重文となっています
隣にあったドイツ風洋館の「旧土岐邸」は移築のため撤去されていました
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さくら祭りに多くの方が来場していました
遺構は少ないですが臨時駐車場が二の丸三の丸で広さが実感できました
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2019年4月16日 (火)

日本100名城 篠山城

京都府 篠山市 北新町  「篠山城」

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 71/200 家康が豊臣包囲のために造った城の一つ 池田輝政と藤堂高虎の手による天下普請 大書院は焼失したが平成12年に復元された

お城は桜の季節はより一層絵になりますね
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北廊下門跡
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天下普請なので刻印もあちこちに確認できました
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桝形
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鉄門跡 資料がなく鉄門としては再現しなかったとのこと
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大書院内部 鎧(紙製)の装着体験があるらしい
スタンプは入口付近に設置されています
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二の丸(御殿跡)と大書院
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藩主青山家を祀った「青山神社」
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「井戸」と「埋門」
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この先は工事中で天守台などを見ることができませんでした
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大書院と桜
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内堀の外に出て
「東馬出」
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「犬走」と「石垣」
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三の丸から二の丸を見る
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周囲に広がる武家屋敷群や妻入商家群が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されているということなので次回はぜひそちらも訪れたいと思います

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2019年4月15日 (月)

続日本100名城 福知山城

京都府 福知山市 字内記5  「福知山城」

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 70/200 川の合流点の丘陵に造られた平山城 丹波を平定した明智光秀により築城された 本能寺の変の後明智は滅ぼされますが城はそのまま残り江戸時代に完成を見た その後城主は入れ替わり明治に廃城となった 市民の運動もあり昭和61年に大天守・小天守が再建された 

前回日程の関係で通過してしまったのでようやく来ました😃
あいにくの雨でしたが桜もまだ残っていました
商業施設「ゆらのガーデン」から見上げる天守
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川をまたぐ勝龍橋
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本丸への道には桜まつりの旗がありました
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本丸入口の門
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深さ50m今も水をたたえる「豊磐(とよいわい)の井」
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本丸にある井戸としては最大級とされます
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右手には江戸時代永く城主であった朽木家の稙綱を祀った朝暉神社があります
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石垣には転用石がところどころ見受けられます
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天守からの眺め 雨に煙ってしまいましたが手前には桜が咲いています
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唯一現存の「銅門番所」は本丸裏手にあります
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駅から歩ける距離ですが循環バスもあり 雨だったので乗ってみました
東京でいうコミュニティバスの大きさでしたダイアは天守の資料館で確認できます
スタンプも資料館です
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2019年4月13日 (土)

日本100名城 二条城

京都府 京都市 中京区  「二条城」

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 69/200 家康が京都御所の近くに建てた京都守護と将軍上洛時の宿泊場所 三代家光が入城した後は表舞台に出ず200年以上経って14代家茂が入城した 15代慶喜が大政奉還の意を表したところとして歴史上に残る 以後皇室の離宮などとして使われ現在は世界文化遺産となった

学生時代以来の訪問でしたが 多くの皆さんも修学旅行などで訪れたと思います
天守閣がないので当時はあまり城だと思っていなかったかもしれません
入城口となる東大手門
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門を入ってすぐ右 警備の要「番所」
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左方向に回り 二の丸御殿の入り口にあたる「唐門」
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二条城のアイコン 「二の丸御殿」と「車寄」
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左手の門を抜けると「二の丸庭園」
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庭園を抜けた本丸東虎口付近の内堀に架かる橋と「本丸櫓門」
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内側は段差が設けられています
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「本丸御殿」は大修繕中でした
[天守台」と天守台からの景色
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「本丸西虎口」
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西側休憩所付近の枝垂桜
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年貢米などを貯蔵していた「西南土蔵」
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「南仲仕切門」本丸内堀外側の南北にある埋門
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外側から見た景色 東大手門に近い「東南隅櫓」
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唐破風が目立つ「南西隅櫓」
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「南門」高麗門
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「西門」は本丸に近いため石垣に造られた埋門で木橋を使用した
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今回は桜まつりということで夜間観覧も楽しめました
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プロジェクションマッピングが2か所
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桜のライトアップ
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「清流園」
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2019年4月12日 (金)

伏見城と聚楽第

京都府 京都市 伏見区 桃山町古城山
   
「伏見城」(伏見桃山城)

 秀吉が地震で崩壊した指月伏見城に代わって建てた城 関が原以降に家康が藤堂高虎に天下普請で改築させたとされる 現在の模擬天守は遊園地内の施設として建てたが現在京都市の管理となっている 耐震基準により内部へは入ることができない
 各画像はクリックで拡大表示されます
京都府 京都市 右京区   「聚楽第」

 聚楽城は秀吉が平安宮跡に建てた政庁兼邸宅で「聚楽第」と呼ばれる 完成から8年後「秀次事件」により破壊された
多くは「指月伏見城」に移築されたとされる 現在石碑のみある
 
「桃山御陵前駅」で降り「御香宮」へ向かいました
城門を移築したとされる入口の門
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石垣石が無造作に転がっていました
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立派な神社です😃
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少し歩いて伏見城に向かいます
以前キャッスルランドという遊園地がって模擬天守を立てたらしいのですが
閉園になり京都市に譲ったそうです
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入口の門
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模擬天守はよくできているので撮影などによく使われたそうです
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現在は桜の名所となっています
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帰りは最寄りの「近鉄丹波橋駅」から二条城方面へ向かいました
二条城の前に「聚楽第」へ といっても石碑があるだけですが😖
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この左の看板の文言は時々変わるようです
 今回は... なぜ石碑が二つあるのか 
    という設問と回答がありました

もう一つがこれです
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要は東の堀と西の堀の目印

御所と二条城を行き来するための橋の一つ「横川第一橋」
石のアーチ橋は珍しいとのこと
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最近アスファルトをはがし石畳が復活したそうです
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時間があれば移築門を見に行ったのですが今回はパスです

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2019年4月 3日 (水)

続日本100名城 岩櫃城

群馬県 吾妻郡 東吾妻町 大字原町  「岩櫃城」

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 68/200 築城は伝説も含め諸説ある上野最大級の山城 信玄の命により攻めた真田幸隆が粘り落城させたのちは真田の城となった 武田氏滅亡後は独立し上田城と岩櫃城を拠点とした 北条氏滅亡後は沼田城の支城となり関が原後に廃城となった

平沢登山口に70台収容の駐車場があります
スタンプは登山口案内所(4~11月)にあるそうですがそれ以外の期間(私が訪れたのは3月)は駅構内にある観光案内所にあります
記念のボールペンいただきました😃😃
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車で観光案内所がある平沢登山口へ向かいました
駐車場のキャパは70台なのでまず大丈夫でしょう
トイレもあります 
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縄張りは広くここの500m手前に「天狗の丸」という出丸があり
近くには柳沢城という支城もあります
まだ大丈夫でしょうが こんな看板も😖
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なだらかな山道を進むと
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すぐに「中城跡」の標識がありました
土塁のようなものは確認できますが平らな空間が広がっているだけですね😞

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分岐で上り坂が本丸方向です
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本丸から続く連続した堀が見えてきました
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「本丸」と「二の丸」に続く道と堀
「二の丸」は右上ですが60m×90mという小さなものです
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南方向の美しい景色は山城ならではです
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岩櫃城は「竪掘」と「横堀」が組み合わされ蜘蛛の巣状と言われています
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「本丸」の風景
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このあと岩櫃山の登山へ向かいました
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実はここで滑落してしまいました😵
地面と思ったところが枝の上に枯れ葉がのっかっていただけで
ドッキリの落とし穴状態となり3~4mほど下の山道まで転がってしまい
骨折や打撲はなかったのですが額を縫う傷を負いました

タオルで止血し1時間ほど谷底に落ちたスマホを探すということになり
奇跡的に発見しました💦

この日に限ってカメラを忘れてしまいスマホで写真を撮っていたので
ポケットに入れたスマホが滑落の回転中に飛ばされたようです
連絡を取ることや個人情報を考え捜索を優先しましたが傷によってはもちろん下山が優先です

城巡りのみなさま 気をつけましょうね❗

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2019年3月17日 (日)

松尾城

千葉県 山武市 松尾町  「松尾城」

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 松尾城は明治になり築城された五稜郭に代表される稜堡式の城 明治維新により徳川家の移封が駿河・遠江になったこと伴い諸藩が上総・安房へお国替えとなった 旧掛川藩の太田道灌の家系十六代資美(すけよし)によりに築城された 廃藩置県などにより間もなく廃城となった
 
JR総武線松尾駅近くの図書館奥にある松尾藩資料館へ ちょっと話しかけたら学芸員さんが丁寧に説明してくれました 当時の手紙が現代文にされてあり 国もとに要人の接待の依頼や子供の様子を心配する文面など生々しい内容を興味深く拝見しました
最近多くなった歴史の新事実などについて 細かい文書にまで手が回るようになってきたので発見があるとのこと 納得です
時間の関係もあり車で回ることに
まず教習所の中にある石碑「松尾藩公庁跡」ですが教習中は立ち入り不可なので外から
公務の中心地ということですね
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教習所の周りに残る「土塁」(右側が教習コース)
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次に居住区であった松尾中学校へ
職員さんに撮影許可をいただきました 怪しいおじさんなので
城跡の碑「太田城跡」とありますね いろいろ考えて最終的に掛川城内の郭の名称から松尾になったのですが...名前で呼ばれていたのでしょうか
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校舎側からの眺めは抜群ですね 下に町が見えます
昔は九十九里浜まで見渡せたのでしょうね
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ここには古墳があったことが昔から確認されていたようです
学校南側の「胸壁」は45度の急勾配でこの奥にかけて「汐見坂」となります
景色がよく海が見えたので江戸城の汐見坂からとったとのことです
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気になったのががフェンス越しに見える お地蔵様?
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汐見坂途中の祠 裏は中学の裏手で断崖絶壁でした
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移築された「御住居(おすまい)表門」は街道から見えるところにあります
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「稜堡式」の城をめぐるチャレンジでアリバイ的に行ったつもりでしたが
太田道灌・掛川城・京極高次などとかかわりがあったり成り立ちなどが興味深くうかがえたので来てよかったと思いました
また 近くにある大堤権現塚古墳は見ごたえがありお勧めです
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2019年3月16日 (土)

日本100名城 鉢形城

埼玉県 大里郡 寄居町  「鉢形城」

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 67/200 荒川とその支流深沢川が交わる場所にある崖城 上杉家の重臣長尾景治の築城とされる 上杉家内紛後北条氏の城となり上野・信濃・甲斐方面を抑える北関東の要衝となる 小田原評定の際に落城し廃城となった

カタクリの花と桜を見ようと思っていましたがスケジュールの都合で少し早く訪れることになりました 右はトイレ 左方向にある「鉢形城歴史館」にスタンプがあります

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駐車場及び歴史館のあたりは「外曲輪」で長い土塁が続いています
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搦め手側の馬出し付近一帯は建築物などがあり見取り図と比べると多少わかりにくくなっていました
深沢川には深い谷に渕があり「四十八釜」という名勝になっています
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カタクリ原生地付近にある鉢形城の地形模型
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土塁に点在する石垣
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荒川側に続く土塁
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はるか下に荒川が見え急な崖であることがわかります
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外曲輪方向に大きな土塁 右側の柵に囲まれているのが町指定天然記念物のエドヒガン(桜)ですがカタクリも桜もまだまだです
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「本曲輪」付近は「伝御殿曲輪」との二段構造?
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神社へ続く参道 一段上がったところが「二の曲輪」
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「三の曲輪」との間にある大きな堀と畝
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「三の曲輪」はいろいろ再現されています
①虎口
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②四脚門
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③四阿(あずまや)と庭園
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④石積土塁
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堀が入り組んでいる「大手」付近は遺構整備がまだ行われているようでした
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歴史館の展示の再現櫓?とバーチャル城歩きはよくできていました
広々とした縄張りで土塁も大きくて見ごたえがありました
深沢川はとてもきれいな川でした
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