« 2018年10月 | トップページ | 2018年12月 »

2018年11月30日 (金)

日本100名城 犬山城

愛知県 犬山市 犬山字北古券  「犬山城」

 日本100名城 (43
 各画像はクリックで拡大表示されます

 43/200 信長の叔父信康の創建とされ 江戸時代から尾張成瀬氏の居城となった 現存最古の望楼型天守である
 
駐車場からも天守と「本丸鉄門」が見えました
Cimg4602

松の丸(三の丸)から杉の丸(二の丸)にかけていくつかの神社があります
Cimg4605

急な坂道が続きます
Cimg4613

城をいくつか巡るので朝早くホテルを出たので 開門前でした
逆に珍しい写真かも
Cimg4616

とはいえ 遺構を見ることは可能で
「空堀」ここの写真を撮ってるのは その筋の人ですね
Cimg4608

各遺構には説明書きがあります(「黒門」跡の礎石)
Cimg4617

本丸へ「本丸鉄門」から望む天守
Cimg4651
四季咲きの桜が咲いていました
Cimg4649

正面から内部へ
Cimg4631

お城の模型(2013.1撮影)
Cimg0717

出窓の内部
Cimg4636
赤いカーペットが引かれている天守最上階 成瀬氏の個人所有であった名残 このロックグラスを構えた写真前回来た時も笑えた ユニークな人ですね
Cimg4637

木曽川を望む
Cimg4634

天守から城下町方面(2013.1撮影)
Cimg0718

伊勢湾台風のとき落雷があり枯れてしまった杉の木 犬山城の身代わりになってくれたとして祀られています
Cimg4632

木曽川から見る天守
Cimg4652
「本丸鉄門」の二階に事務室がありスタンプはそちらです
5年前に来たときは城下町も行きましたが街並みが整っていて風情があって良いところです
からくり人形で有名な山車をお祭りの時に是非見てみたいです

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月29日 (木)

日本100名城 岡崎城

愛知県 岡崎市 康生町  「岡崎城」

 日本100名城 (45
 各画像はクリックで拡大表示されます

 42/200 家康生誕の地 大きな縄張 天守 石垣を持つようになったのは豊臣方の城主の時 現存の天守台もその時のものとされる 江戸期は譜代大名の城であった
町の名前「康生町」のとおり徳川家康生誕の城です
家康公も踊ってお出迎え
Cimg4554

「大手門」場所や形は旧前のものとは異なる仕様
Cimg4549

本丸を守るための深い堀(「青海堀」)は築城時からありました
Cimg4568
堀越しの「天守」と「井戸櫓」
Cimg4560

「埋門」跡
Cimg4571

天守はクリアに見えるところがなく 前面は背の高い松があります
Cimg4572

天守からの景色 河は伊賀川
Cimg4578

神社へ渡る「神橋」のたもとに大木が茂っていました
Cimg4583_2

駐車場近くにある再現された「東隅櫓」
Cimg4540

スタンプは天守1階です
天守を写せる場所が見つからず苦労しました
「青海堀」は迫力がありますが写真ではうまく捕らえられなかったようです

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月28日 (水)

続日本100名城 小牧山城

愛知県 小牧市 堀の内  「小牧山城」

 続日本100名城 (149
 各画像はクリックで拡大表示されます

 40/200 信長が築城した居城 美濃進行に伴い廃城されたが家康が小牧長久手の戦いの陣城として使い改修を行った


市庁舎の目の前なので駐車場をお借りしました
勢いあまって地下駐車場に入っちゃいました
大手道 幅は忠実に再現したとのこと
Cimg4497

内側は空堀です
Cimg4535

Cimg4532

大手道は途中までまっすぐ上に上がり左右に曲輪が見られます
Cimg4498
頂上主郭付近にところどころある転落石
Cimg4508

裏込み石
Cimg4512

発掘調査により石垣の存在が明らかになっています
Cimg4507

Cimg4509

今も発掘調査が続いているようです
Cimg4531

これは石の形から石垣を組み直すための型取り?
と思ったらガイダンス施設のようなところで何かの台にするそうです
じゃあ本物でなくてもと思ったのですが作業中余り声もかけられず
Cimg4515

頂上の模擬天守(歴史館)
Cimg4522

Cimg4517

頂上からの町の眺め
Cimg4528

Cimg4521_2

スタンプは歴史館内にあります
城郭は広いのですが今回は時間の関係で大手道から主郭を往復しました
搦手側には土塁の断面展示施設もあるようです

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月27日 (火)

続日本100名城 諏訪原城

静岡県 島田市 菊川  「諏訪原城」

 続日本100名城 (146
 各画像はクリックで拡大表示されます

 40/200 徳川との戦いに向け武田方が築城した城 深い空堀と土塁馬出で構成された武田流山城 徳川方に落ちた後増強されたが徳川が関東に移ったことで廃城となる

ガイダンス施設が工事中 パンフレットとスタンプは駐車場近くのこちら
Dsc_4330

「二の曲輪東内馬出」付近の土橋と空堀
Dsc_4343

「二の曲輪中馬出」と大きな空堀
Dsc_4357
さらに北側に馬出を配置 二の丸との間の深い空堀
Dsc_4360
北側から見た空堀(三日月堀)
Dsc_4361

再現された「二の曲輪北馬出門」
Dsc_4363

「二の曲輪」の中央には「仕切土塁」があります
Dsc_4366

本曲輪に残る石垣
Dsc_4372

本曲輪から望む東方向 こちら側が絶壁になっていて西方向に向け扇状に広がっていくことで堅固な城郭になっています
Cimg4528

草が生い茂っていたり 倒木などが散乱しているところがあり見づらいところもありますが
巨大な空堀やダイナミックな配置に圧倒されます
画像は明るいのですが夕刻だったのでもう少し早い時間に訪れたいと思いました

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月26日 (月)

続日本100名城 高天神城

静岡県 掛川市 上土方嶺向  「高天神城」

 続日本100名城 (147
 各画像はクリックで拡大表示されます

 39/200 室町時代遠江(静岡西部)と駿河の要衝に今川氏が築城 武田と徳川の激戦場として取り合った 1581年は今川軍が全滅し廃城となった

Cimg4180
搦手口から入りました 入口付近
Cimg4182

こちら側のほうが急勾配です
Cimg4184

道の途中にある「三日月井戸」 金魚がいました
Cimg4186

西峰と東峰をつなぐ尾根筋にある「井戸曲輪」 語源になった「かな井戸」
Dsc_4310

西峰北方向にある「二の丸」
Dsc_4303

「袖曲輪」
Dsc_4304

堀切
Dsc_4305

時間の関係で隅々までいけませんでしたが 峰筋に曲輪が連なります
「井戸曲輪」に戻り東峰へ
「的場曲輪」
Dsc_4314

的場曲輪奥にある 大河内政局(まさもと)武田軍の軍門に下らなかったため幽閉したとされる石窟(石牢) 管理上の都合か味気ない姿
Dsc_4315

本丸への通路
Dsc_4319

「御前曲輪」にある祠(天元神社)
Dsc_4321

模擬天守が建っていたことがあった(昭和9~20年)が焼けてしまったそうです
Dsc_4323
本丸虎口の土塁
Dsc_4326
時間がなかったこともありますが全体にうっそうとして なかなか奥に進みづらい気がしました
激戦の城も今は静かに眠っている感じです
スタンプは徒歩だと20分くらいの大東北公民館です
月曜と年末年始が休み 開館 9:00~17:00

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月25日 (日)

清州城と日本どまんなかお城スタンプラリー

愛知県 清州市 朝日城屋敷  「清州城」

 各画像はクリックで拡大表示されます

 室町時代に築かれ戦国期には城主が入れ替わり信長が入城する 亡き後城郭が整えられるが1610年「清須越し」という名古屋城への移管により廃城となる 城跡は東海道線建設の際に分断され遺構も土塁と石垣だけが一部残るのみ 日本100名城及び続日本100名城には選出されていない
信長を祀った社
Cimg4464

信長と寄り添うように建つ濃姫像(城脇から移設)はパワースポットと言われています
Cimg4495
「清州城」は「清須」とも書きますが時代や使われ方により併用されています
Cimg4469

大手門の両側の壁は桶狭間の戦いの戦勝御礼に熱田神宮に奉納した「信長壁」を模したもの
Cimg4477

個人的感想でしかありませんが模擬天守とはいえクールな信長らしい佇まいです
Cimg4478

信長像
Cimg4483

こういう展示 好きです(笑)
Cimg4485

天守最上階から名古屋城を見ることができました
Cimg4490

護岸工事で発見された石垣の一部を復元展示
Cimg4470

8月に訪れた高島城で偶然目にした「日本どまんなかお城スタンプラリー」の缶バッチプレゼントにつられて(笑) 11月25日の締め切りまでに11城を回ることができました
Dsc_4415

Dsc_4410

Dsc_4412

Dsc_4413

| | コメント (0) | トラックバック (0)

FUTURE POP TOUR 名古屋

予定していたFUTURE POP TOUR 最後です
ガイシホール 初見参 来年1月から改修のためクローズなので見納めでもあります
Dsc_4389

徳島で見かけたDJブース 本人お留守ですが
Dsc_4390

係員の方が SOLD OUT 貼りに来たけど...Perfume of Perfumeでした
Dsc_4391

開演近かったのでグッズ売り場は空いていました
Dsc_4392

Dsc_4395

新参者なのでYouTubeでお世話になった「パンパカパーティー」
Dsc_4397

Dsc_4396

イベンターさんから?
Dsc_4400
若干ネタバレ注意!

名古屋にお城を訪ねることになってから参戦を決めたので
PTAどころかぴあでも最後のころのエントリー
ステージの真横みたいな席だったけど
これが結構面白かった
正面から見ると映像越しのステージなんだけど
横からだとエフェクトなし 素で踊っているような
スクリーンとスクリーンの間で踊る3人の足元まで見えて
なんか興奮(笑)
さあ 大晦日 カウントダウンで盛り上がりますよ~
 友達大勢来るし

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月24日 (土)

日本100名城 名古屋城

愛知県 名古屋市 中区本丸  「名古屋城」

 日本100名城 (44
 各画像はクリックで拡大表示されます

 38/200 信長の那古野城跡に天下普請で家康が築城させた 石垣造りの加藤清正を始め高い技術を持った者達によって造られた

枡形正面が入場券売り場で右手に「正門」が配置されています
Cimg4368_2
正門櫓内に時節柄菊人形がお出迎え
 初代尾張藩主徳川正直 正室春姫
Cimg4370_2

門をくぐるとすぐ右手に総合案内所がありスタンプがあります
3つの現存隅櫓が11月25日まで公開されています
「西南隅櫓」と「天守」
Cimg4376_3
本丸入り口までの堀
Cimg4378

現存「表二の門」
Cimg4381
こちらも枡形になっています
Cimg4383
右手に「東南隅櫓」(外側からの画像)があり内部を見学しました
Cimg4457
入り口付近から「本丸御殿」入り口と「天守」が見えます
Cimg4385

重量の関係で3階は入場人数の制限があるために少し待ち時間がありました
武器も持ち歩ける高い天井
Cimg4402
開口部から 「天守」 「小天守」 「本丸御殿」が望めました
Cimg4399

南西と東南の櫓は対称の造りらしいのですが「西北隅櫓」は清州城の小天守を移築したと伝わっていますこちら側は窓がありませんが外側は出窓や石落としが配置されています
Cimg4416

内部に展示された「胴木」(どうぎ:石垣の崩壊を防ぐために石垣の下にひく松など腐食に強い木材)
Cimg4423

現存「東鉄門二の門」
Cimg4443

門の奥に見えた「清正石」はこの城で一番大きな石
Cimg4440

鉄砲狭間が残る「南蛮たたき土塀」
 ちょっとわかりにくいし見づらいです 何とかしてほしい
Cimg4450
鉄筋の天守を木造にする工事中
鉄筋の時は石垣に負荷がかからないように配慮した工法だったらしいのですが
今回はどのような工夫をするのでしょうか
前回改修前の名古屋城は こちら

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月23日 (金)

日本100名城 足利氏館

栃木県 栃木市 家富町  「足利氏館」

 日本100名城 (15
 各画像はクリックで拡大表示されます

 37/200 平安期に源家が足利荘の領主となったときに館が構築され敷地内に建立した鑁阿寺が今に残っている 方形の縄張りを囲む土塁と水堀が現在も残っている
大手口にあたる表門に太鼓橋がかかっています
Cimg4319

左側に土塁の形がわかる断面が見えます
Cimg4322
約200m四方を土塁と水堀が囲んでいます
Cimg4333

Cimg4355

境内となっている内部には鐘楼
Cimg4328

多宝塔
Cimg4350

大イチョウ
Cimg4340

北門(薬医門)
Cimg4347

などが見られます
本堂の右側寺務所にスタンプがあります
Cimg4345

足利藩藩校の足利学校が隣接していて同じように水堀で囲まれています
城という名前ではないことに伺われるようにこの時代は虎口なども変化がなかったことがわかります

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月22日 (木)

続日本100名城 唐沢山城

栃木県 佐野市 富士町  「唐沢山城」

 続日本100名城 (114
 各画像はクリックで拡大表示されます

 36/200 落城がなかった堅牢な山城 謙信を退けたという佐野氏の居城 室町中期から戦国末期まで山麓に佐野城ができるまで使われた

ガイドツアーが実施されるということで参加 スタートはレストハウス付近ということで車で向かいました9:30からとありましたが着いてすぐ9時には対応してくれました
ここから本丸へ向かう入口がくい違い虎口です
Cimg4187
入ると広い枡形がありますが周囲が一段高い地形で攻撃を受けやすくなっています
すぐ右手に天狗岩へ登る通路があります
Cimg4194

当時は高い木もなくそのままでも見晴らしがよいのですが ここに櫓があったそうです
Cimg4197

口径9m深さ8m以上という大きな井戸 大井
周囲の山が水源
Cimg4204

当時は引橋だったところに石橋が架かっています
四つめ堀とよばれ竪堀になっています竪堀は形状が良く見えないところが多いのですがここは分かりやすいです
Cimg4205

本丸の大規模な高石垣は圧巻の風景
Cimg4217

大手口 現在神社のある本丸へ向かう道
Cimg4221
神社の裏側には搦手側の出入り口が開いています(右奥)
Cimg4230
南側 南城の石垣
Cimg4244
このお城は猫が多いことで有名です
Cimg4247
ここにも竪堀があります
Cimg4243
神社を建てた時に積みなおした石垣がある中で
オリジナルの石垣も残っています
Cimg4262
ガイドさんの説明は分かりやすく質問にも丁寧に答えてくれました
スタンプは神社の社務所にあります 17:00まで

ハイキングコースの一部でもあり景色が素晴らしい
ネコがいっぱい 猫好きのうちの家族には天国です
Cimg4264

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月19日 (月)

日本100名城 掛川城

静岡県 掛川市 掛川  「掛川城」

 日本100名城 (42
 各画像はクリックで拡大表示されます

 35/200 室町期に築城された 徳川と武田の戦闘地帯 徳川時代は山之内一豊が入り近代城郭を作り上げたとされる 資料がなく同じ一豊が掛川城を参考にしたと言われる高知城を基に平成になって木造で再現された 二の丸御殿は数少ない現存御殿
現在の大手口 大手門は少し離れたところに再建されています
Cimg4148

四足門
Cimg4151
本丸側から天守を見上げる 小規模ですが稜線にマッチして美しい
Cimg4159
今回天守はパスしたので以下3枚は過去(2016.5)画像です
Dsc_1272_2
天守から下を眺めると 霧吹井戸 太鼓門 など一望です
Dsc_1279
書院造など貴重な現存二の丸御殿
Dsc_1274
3つの遺構
太鼓門(場所は移動)
Cimg4162

三日月堀
Cimg4156

十露盤(そろばん)堀
Cimg4152

現存二の丸御殿の入り口
スタンプはこちらです 入場しなくてもスタンプだけ押させてもらいました
前回見学したのと今回は時間がなかったので見学せずに失礼しました
Cimg4168

前回来たときは快晴 チャーミングで好きなお城です
今回も大手門行きそこなってしまいました
Cimg4155

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月15日 (木)

釧路川流域チャシ跡群

釧路川流域にもチャシ跡群があり二つ案内してもらいました
「モシリヤチャシ跡」
Cimg4109

お供え餅のようだと近隣から親しまれているらしい
Cimg4108

大きく二つに分かれています 主郭
Cimg4107

少し低い副郭 背景から市街地であることがわかるかと思います
Cimg4101
登り道
Cimg4096

防空壕に使われたり 子供たちの芝滑りに使われたりしてきましたが
今は安全上の配慮から網で柵がしてあり鍵がかかっています
でもお願いすればいつでも開けてくれるそうです
Cimg4105

「ハルトルチャランケチャシ跡」
Cimg4120

チャシの前の湖は区分上 川となるそうです
Cimg4127

草が茂って分かりにくいのですが濠が巡っています
Cimg4128

神聖な場所だったという言い伝えもあるチャシです

Cimg4132

側面から見ると小高くなっているのがわかります
Cimg4119

反対岸から見る
Cimg4115

市街地では少し高い場所には見張りをするようなチャシがいくつか存在していました
文字を持たないアイヌの出来事は伝承と和人の記録にあるものだけは伺い知ることができます

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月14日 (水)

日本100名城 根室半島チャシ跡群

北海道 根室市 温根元 他  「根室半島チャシ跡群」

 日本100名城 (1
 各画像はクリックで拡大表示されます

 34/200 チャシはアイヌの砦または聖地、祭祀を行う場所などとされる 平地と濠で構成されていることが条件 文字文化がないため詳しいことはあまり分かっていない 北海道内に500ヶ所根室市内に32ヶ所の跡が残りうち24ヶ所が「根室半島チャシ跡群」として国指定史跡となっている
日本100名城の中で最も行きづらい場所と思っていたのでクラブツーリズムさんの力を借りることに
偶然バスで隣席になった方は100城の最後で見事クリア
 おめでとうございます
最初はノツカマフチャシ
Cimg3917

場所は北海道というより日本の東端根室半島
北方4島に隣接するここには軍関係の施設があったのですね空港と引き込み線跡の表記がありました
Cimg3920

小雨と強風の中の見学となりました
「ノツカマフチャシ1号」は濠の深いところは2mとチャシとしては深いそうです
Cimg3932

お城と違って遺構がわかりにくいですね
Cimg3941_2

こんな形ですと言っていただくとわかるということです
各集落の酋長の紹介もありました

Cimg3943

「ノツカマフチャシ2号」は濠が浅いけれど丸く1周しているのがわかりやすい
Cimg3949

いずれも面崖式(めんがいしき)という崖の上の台地に濠をめぐらした形式
Cimg3947

遠景で見る(一番奥)とこんな感じ
Cimg3957

風が強いところだそうで風力発電しています
Cimg3955

次は「ヲンネモトチャシ跡」で以上の2ヶ所が公開されているチャシです
他は私有地を通るなどの理由で公開されていません
Cimg3960

こちらも案内板があります
Cimg3962

こちらは立体的で盛土もしていることがわかっています
Cimg3967

ノツカマフチャシにもあった濠から出た鋭角な場所は見張り場らしいです
Cimg3970

ここの近くには野鳥観察の施設もありました
Cimg3978

大鷲などが見られるそうです 季節によりますが
Cimg3979

この根室半島は北が低く南が高いのでチャシは北側の海岸沿いにあります
Google Earthなどで見るとナスカの地上絵というかUFOの着陸場所のような模様がいくつも確認できて面白いです
全体がわかりやすいので いただいた写真を公開しておきます
Img_20181114_0001

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月 6日 (火)

長野 松本散歩

松本城を訪れた時に市内を散策
新宿からは高速バス 「バスタ」を初めて使いました

バスターミナル という看板を追って新宿駅の一番端の階段へ
新南改札口の前に専用エスカレータがあり4階の乗車フロアへ直接行けます
車で行く場合の高速代ガソリン代を考えると安いし 楽
 トイレ付きバスだけどSA休憩は1回 3時間ちょっとの旅です
松本のバスターミナルは駅の近くのビルでお土産の売店や軽食コーナーがありました
駅から東へ200mほど行けばお城に向かう道があり北へ向かいます
牛つなぎ石「戦国時代武田信玄の軍が塩不足になり敵方の上杉軍が塩を送ってきたときに塩を運んできた牛をつないだと言われる伝説の石」 ホンマでっか
とにかくこの時代牛が輸送に使われていたということですね
Cimg3759

「大手門跡」は松本城の記事に書きましたが手前の女鳥羽川に架かる千歳橋からなわて通り方向
Cimg3760

大手門枡口にあたるスペースにあるなわて通りのシンボル「ガマ侍」
綺麗な川でしか生きて行けないカジカカエルが住めるような女鳥羽川になることを願っているそうです
Cimg3762

午前中早かったので店が開いていませんが「なわて通り」の街並み
Cimg3763

この後お城と関連遺構を見た後 松本城北にある「旧開智学校」を訪ねました
天守閣から見える校舎
Cimg3825
前身は藩校でしたが明治9年に文明開化政策のもとこのようなモダンな建物を建てたそうです
Cimg3871

昭和38年まで小学校として使われその後教育資料館となっています
Cimg3877

Cimg3878

Cimg3883

Cimg3887

なつかしい! と思ったあなたは何歳
「北門の井戸」「総堀」を通り南へ

市内にいくつかある洋館の一つ「宮島耳鼻咽喉科医院(旧神戸医院)」
Cimg3902

女鳥羽川近くの墓地の中にある「念来寺(ねんらいじ)鐘楼」
江戸時代の建物ですが寺はなくなり隣接する妙勝寺が管理しているそうです
Cimg3905

Cimg3907

駅の方向へ戻る東西の通り「中町通り」は多く残った蔵を使った商店街になっています
Cimg3908

Cimg3909

Cimg3915

昼食は「そばきり みよ田」で新そばをいただきました
疲れた足を延ばしながらまた3時間バス旅です 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月 5日 (月)

日本100名城 松本城

長野県 松本市 丸の内  「松本城」

 日本100名城 (29
 各画像はクリックで拡大表示されます

 33/200 連結複合式の天守でどの角度から見ても美しい城 現存天守のある唯一の平城  島立氏が深志城として築き信玄に落とされその後入封(にゅうほう)による城主の入れ替わりが続くが小田原攻めの功労者石川教正が現在の城郭を造ったと言われる

松本駅から少し歩き女鳥羽川を渡ったところが「大手門」でかぎ型に曲がっています
右が駅方面時計台の左あたりが枡口になります
Cimg3766

外堀は東側だけ残っています ここまでが三の丸となります
Cimg3767
さらに外側の総堀も西側は大正時代に埋め立てられ唯一土塁が残っている個所が公園になっています
Cimg3769

二の丸を進むと「黒門」(二の門)高麗門 入場券はこちら
Cimg3799
枡形の内側 「黒門」(一の門)櫓門 続櫓
Cimg3802

入ってすぐの公園管理事務所入口にスタンプが置いてあります
本丸内から見る天守 「月見櫓」「巽附櫓」「渡櫓」「乾小天守」と続く「連結複合式」とよばれる様式です 手前が本丸御殿跡になります
Cimg3808

天守は急な梯子段が続き高齢の方は辛そうでした
最上階からは初秋の少し紅葉が始まった景色がきれいでした
Cimg3826

太平の世だからこそという「月見櫓」は何の防備もありません
Cimg3839

この城はなんといっても内堀越しの姿が美しく
天気が良かったのでとても美しく撮れました 南側から
Cimg3852

北西側から
Cimg3861

東側「太鼓門」 内部開放中でしたので天井を撮ってみました
Cimg3779

Cimg3783

太鼓門北側が「二の丸御殿跡」 享保年代に本丸御殿が火災にあってからはこちらで執務したということです
Cimg3790

二の丸の北には「二の丸裏御門橋」(復元)があります
Cimg3792

東側の総堀を埋めた時に湧きだしたという「北門の井戸」
Cimg3895

井戸のすぐ横に残る総堀
中央の柳がある場所が北門の井戸でその北西1ブロックが旧馬出になります
Cimg3899

100名城で訪ねる前も何回か来ている馴染みのお城でもありますが
城郭全般は山城と違い戦闘色が薄い穏やかな城という気がします

町巡りもしましたので別記事にします 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月 4日 (日)

日本100名城 駿府城

静岡県 静岡市 葵区  「駿府城」

 日本100名城 (41
 各画像はクリックで拡大表示されます

 32/200 家康の隠居城とはいえ権力は大きく巨大な城郭 旧日本軍の施設となり濠などが埋もれてしまった 後公園となり現在発掘中徳川以前の豊臣と今川の遺構まで掘り進む予定

今年が最後という発掘体験の最終回に参加しました
Cimg3700

我々の(笑)発掘場所 天守側橋のたもと 橋の下なので石垣の角度が急です
Cimg3706

なんと瓦ゲット 自分で発見すると感激
Cimg3708

この後文化財をお借りして瓦についている刻印を拓本しました
貴重な経験です
Cimg3714

さて 閑話休題 と言いつつ 弥次喜多の像
Cimg3672

上の濠の外側が三の丸にあたり県庁横に大手門跡がありかぎ型に曲がっています
この濠はさらに(三の丸の)外の濠となります
Cimg3680

東御門側の「巽櫓」(1989年復元)
Cimg3671
内側から見ると珍しいL型の櫓であることがわかります
Cimg3741

東御門の「多門櫓」「高麗門」「橋」(1996年復元)
Cimg3684

「枡形」
Cimg3685
二の丸側から見た「櫓門」 (1996年復元)
Cimg3691

東西反対側となる「坤(ひつじさる)櫓」(2014年復元)
Cimg3721
構造を見せるためにスケルトン
立派なヒノキの梁 1本うん百万とか
Cimg3724

本丸と二の丸の間の濠は軍施設の時に埋め立てられましたが
一部残っています
Cimg3740

本丸濠から二の丸濠(奥側)へ
Cimg3751
その先の水路
Cimg3749

「北御門跡」
Cimg3753

豊臣時代の遺構から金の装飾がある瓦が最近多数発見されました
いろいろな発見に沸く活気のある発掘現場でした
スタッフの皆様お世話になりました

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月 3日 (土)

日本100名城 丸亀城

香川県 丸亀市 一番丁  「丸亀城」

 日本100名城 (78
 各画像はクリックで拡大表示されます

 31/200 秀吉の時代高松城の支城で生駒氏が治めた 江戸時代に入り一国一城により廃城となるが藩が分かれ山崎氏が入り現在の城の形を造った 1658年から明治に至るまでは京極氏が藩主となった 現存天守と勇壮な石垣が魅力

Perfume Future Pop tour で徳島に来て
お城 7つ目です ほんとは時間的に6つが限界と思っていたのですが一番来たかった丸亀城まで足を延ばしました

今年の夏から秋にかけての豪雨や台風で石垣が一部崩壊をしていて 1/4立ち入り禁止になっていました
Cimg3583

Cimg3590

【追記】*************************************
帯曲輪(おびぐるわ)石垣崩落に続きと三の丸坤櫓(ひつじさるやぐら)跡石垣の一部がさらに崩れました下記画像は公式HP 修復のための募金も始まりました
Photo
****************************************

でも上のほうは大丈夫なので十分楽しめましたけど
「土橋」から「大手二の門」(高麗門) 天守が映っているのは後で知りました
Cimg3603

「大手一の門」(櫓門)
Cimg3597

「見返り坂」という急な坂を上っていくのですが
観光案内と書いた土産物屋さん?があり入ったら
すごくざっくり説明してくれました
丸亀うちわを造っている方が3人ほどいらっしゃいました
Cimg3594

かなりきつい坂でしたが丸亀城の代名詞 「扇の勾配」を持つ石垣がすぐ目に入りました
Cimg3607_2

ここを右に入って石垣を堪能
Cimg3612

Cimg3614_2

Cimg3618_2

コースに戻り 本丸方向へ 櫓の石垣 下部に土留めのような石垣も見えます
Cimg3622

あっという間に本丸へ 現存天守で現在西側が補修中でした
Cimg3630

内部は公開されています
Cimg3640

窓から海の方向を望む
櫓跡 三の丸の石垣上部 大手門の枡形などを一望できます
Cimg3638

搦手方向に降りていきます ポッコリした山は飯野山
Cimg3650

立ち入り禁止の境目
Cimg3658

下から数段になっている石垣を見る
Cimg3665

予定外に訪れたのでリサーチ不足もありました
石垣が修復されたらまた訪れたいです

とにかく石垣に圧倒されるお城です

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月 2日 (金)

日本100名城 高松城

香川県 高松市 玉藻町  「高松城」

 日本100名城 (77
 各画像はクリックで拡大表示されます

 30/200 秀吉から讃岐を与えられた生駒正親が地名を高松と改めの築城 50年ほどでお家騒動があり徳川家康の孫で光圀公の兄にあたる頼重が城主となり以後松平家が治めた 三大水城の一つで海水を濠に引いている

東側の専用駐車場は琴電の線路を渡って入ります
「すぐに艮(うしとら)櫓」と「旭橋」が見えます
Cimg3534
橋の先「旭門」(高麗門)で入園料を払い スタンプもこちらで押せます
Cimg3537
枡形が形成されていて一角に「埋門」があります
Cimg3536

地図になく閉鎖されている通路(写真左端)があり体の不自由な方のためなのか?濠を切って良いのか?
通常は「桜御門跡」(右端)を入ります 手前は「桜の馬場」となります
Cimg3544
巨大な「天守台」 南蛮造りのユニークな天守だったのですが再建の話もあるそうです
Cimg3549

この城の特色海水との水位調整の門があり鯉の餌やりならぬ鯛の餌やりができます
Cimg3556

本丸と二の丸をつなぐ「鞘橋」もとは欄干でしたが江戸中期に屋根付きになったと言われています
Cimg3555

Cimg3559

鞘橋の本丸側虎口
Cimg3561

本丸から見る天守台
Cimg3563

天守台の内側の様子
Cimg3564

天守台から見る鞘橋左奥が琴電の終点「高松築港駅」(たかまつちっこうえき)
Cimg3565

海城ならではの海に向かった門があります
左から「月見櫓」「続櫓」「水手御門」(薬医門)「渡櫓」
Cimg3573
月見櫓は黒い「長押」(なげし)や「唐破風」「切妻破風」などで飾られ格式高く造られています
Cimg3576

御殿のような役割を持つ「披雲閣」は大正5年に再建されたものです
Cimg3579

松平家が長く城主だったせいか全体に品格があるお城と感じました
疑問に思った通路や天守閣がどうなるのか勝手に心配してしまいますがきれいに整備されたお城です

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月 1日 (木)

続日本100名城 引田城

香川県 かがわ市 引田城山  「引田城」

 続日本100名城 (177
 各画像はクリックで拡大表示されます

 29/200 海に面し港も見える風光明媚な山城 土佐長宗我部氏と秀吉の派遣した仙石氏による引田合戦で仙石氏敗戦 その後秀吉の家臣生駒氏が石垣による築城をしたとされる

スタンプは「讃州井筒屋敷」という江戸時代築の商家建築で観光案内所になっているところにあり引田(ひけた)城のガイドも実施しています 周囲の道はかなり狭いです 手前が駐車場です
Cimg3507

登城口は2ヶ所あり 駐車場はキャンプ場側に10台 港側は3台くらいでしょうか
私は港側から入りました
Cimg3508

海に近く磯の香りと爽やかな風の道が続きます
Cimg3510

港が見えます
Cimg3511

海側の道はさらっとした土と岩です
Cimg3512

「本丸の石垣」が見えます
Cimg3514

数段に分かれているようです
Cimg3517

「天守台跡」あたりからの景色
Cimg3520

途中にある「引田鼻灯台」
Cimg3521

「東の丸」塁線の石垣
Cimg3528

「北二の丸」に大きな石垣があるのですが崩れてしまい補修中でした
Cimg3530

目に見えるはっきりとした遺構は少ないのですが海沿いのハイキングコースという感じで爽やかでした でも山道なので靴はそれなりに
Cimg3531

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2018年10月 | トップページ | 2018年12月 »