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2019年6月30日 (日)

比石館

北海道 上ノ国町 石崎 「比石館」

 比石(ひいし)館は嘉吉元年(1441年)下北の田名部から渡道した畠山重忠の一族で厚谷右近将監重政が築き長禄元年(1457年)のコシャマインの戦いで落ちたとされる 発掘調査ではコシャマインの戦い当時に比石館は存在せず勝山館の繁栄期に並存していたとされた 館神社と呼ばれる社は比石館の鎮護神を祀っている
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北海道城巡りの旅三つ目は松前城から勝山館へ向かう途中にある比石館跡
入口の標識(右の白い杭)が朽ちて知る人のみが訪れる感じとなっています
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T字路になるところまで車を入れると何となく駐車スペースがあるので止めてあとは歩きです
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海方向へ進むと説明版があります
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海岸が美しい❗
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反対側は地元の漁港でしょうか
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岬方向 轍が消えたあたりからが主郭と思われます
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振り返るとこの辺りが道が細いので空堀があったところでしょうか
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主郭には神社と碑があります
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社は海風に耐える頑丈なもののようです
周囲は何となく土塁に囲まれている感じです
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風が気持ちよく北海道らしい海と空と緑を満喫です😃

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2019年6月29日 (土)

日本100名城 松前城

北海道 松前町 松城  「松前城」

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 82/200 異国船が頻繁に出没することに危機感を持った幕府が松前藩に築城を命じた最後の和式城郭 福山館跡と周囲の海岸段丘を利用した縄張りで福山城ともいう 箱館戦争では一時徳川脱走軍の手に落ちた 明治8年には廃城令にて廃城となる

本丸御門は現存遺構です
北海道の気候に合わせ銅板葺きとなっています
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本丸御門と復元三重櫓
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三重櫓台座に残る砲弾跡
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櫓の上からは海が見渡せました
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門の北側が本丸で御殿が建っていたところになります
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小学校の玄関として使われていた御殿の玄関
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さらに裏手には寺社や墓地があり城主の墓所があります
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御霊屋と呼ぶ松前藩歴代の位牌が安置された建物
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外堀と国鉄松前線のトンネル跡 軍需物資を運ぶために遺構を突っ切ったようです
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二ノ丸三ノ丸の境の土塁と石垣
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堀が残る(または再現)されたところ
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この外側に台場跡がいくつかあります
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天神坂門
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搦手二ノ門と手前にある三本松土居
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海までの様子がよくわかる縄張り模型
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資料や遺構の扱いが少し雑だったのが気になりました
海も近いので大事に扱ってほしいところです
縄張りは広くゆっくり散策するにはよいと思いました
スタンプは資料館発券窓口です

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2019年6月28日 (金)

茂別館

北海道 北斗市 矢不来 「茂別館」

 茂別館は嘉吉3年(1443年)津軽十三湊城主安東太郎盛季が南部氏に敗れて蝦夷島に渡り造ったとされる 安東一族が継ぎ館を守護した 長禄元年(1457年)アイヌ民族の首領コシャマインが蜂起し和人の館が相次いで陥落し「茂別館」と「上之国花沢館」の2館だけが残った その後下国(安東)氏は福山(松前)藩に属し茂別の地を治めた
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北海道城巡りの旅一つ目は 函館空港から松前城へ向かう途中にある道南12館の一つ「茂別館」
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大館小館の二つに分かれていて間に空堀があります 現状は何か建物がありますが左が小館です
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右の大舘は現在「矢不来天満宮」があります
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天神様(菅原道真像)が赤松の上に乗って流れ着き浜辺には赤松の大木が生えたという
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鉄道架設工事でこの大木を伐ろうとしたが難航し伐採した方が亡くなったそうで(詳しくはこちら
こちらの神社で松の霊を鎮めているそうです
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拝殿の裏手にある本殿
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この裏が急でしたが
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降りるためのロープを発見
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堀跡が見られました
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 車でのアクセスになりますが 裏手の入口で躊躇していたら地元の方になかに駐車場があると教えられました
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土塁を抜けて境内へ 虎口かどうかは不明です
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函館のレンガ造りの建物にも貢献していたようで 廃館後も様々な歴史を重ねている地域の重要な場所でした
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2019年6月23日 (日)

ナナナナナイロ

クラシエ「肌美精」シートマスクシリーズのCM曲

シングル曲としては久々にカワイイ系の曲 私的に言うと「きゃりー寄り」(笑)

台湾公演に参加させてもらった者からすると ちょっとうれしい内容
私が公演の前に訪れた九份 ではなく十份と思いますが

他に夜市編 飛び込み編 などがあり結構頻繁に流れていてファンとしてはうれしい😃

新宿の地下街に巨大ポスターが張られていたときに見に行きました
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同じものですが一つが長いので迫力がありました
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すっかり大人感出てきました
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まぁ かしゆかの声だけは 変わらんなぁ(笑)

 

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2019年6月12日 (水)

続日本100名城 向羽黒山城

福島県 会津美里町 船場 「向羽黒山城」

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 81/200 12世紀後半鎌倉の名門三浦氏一族を祖に持つ蘆名氏が会津地方を治めることとなる 16世紀中ごろ16代となる盛氏が中興の祖となる 向羽黒山城を築城し居城とする 武田氏北条氏らと対等の盟約を交わす商業を強化するなどの戦略で隆盛を極める 盛氏没後伊達氏との戦いに敗れ蘆名家は滅亡する 城主は伊達-蒲生-上杉と移り蘆名氏滅亡から10年余りで上杉氏の移封とともに破城となった

インフォメーションセンターへ行きましたが閉鎖中の資料室の入口にスタンプがあるとのことでした
特に案内標識もないのでパンフの地図を頼りに車で移動しました
少し歩くつもりでしたが熊の出現情報が多かったのでポイントごとに車を止めながらということにしました
御茶屋場曲輪 付近のリアルなクマの看板 お体裁でないな💦 と感じさせますよね

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御水神社と弁財天の表示があり熊の看板にびびった(笑)ので近い御水神社へ
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一曲輪と二曲輪の間にある駐車場に車を止め少し歩くことに
熊除けの鈴を持ってこなかったのですが。。。
そうでしたスマホで音楽を流せばよいと気が付き
当然 Perfumeの曲で盛り上がりながら出発
アルバムは LEVEL3🎵

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やっぱり山城は良いです  土塁ですね
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奥が階段の虎口
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一曲輪手前の階段
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あっけなく到着
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見渡しはやはり最高 ピークは磐梯山
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飯豊山地
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弁天神社方面に少し下ってみました 東側が川です
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道は狭く 熊にばったり会いたくない雰囲気です
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だいぶ急になったので戻ることにしました
一人で来たと思われる女性とすれ違いました
御茶屋場曲輪付近では男性が一人
二人とも熊鈴持っていました💧

さて 駐車場まで戻り 二曲輪へ
こちらは数分で登りつきます 東屋と
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展望台があります
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再度駐車場に戻りましたが この駐車場の入口に堀切と門跡の表示があります
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熊の気配は感じませんでしたが 音の出るものを持ち存在を知らせておくことが肝心です
熊撃退スプレーの効果はわかりませんがネットで探すと1万円前後のようです

ちょっと購入を考えてしまいます

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2019年6月11日 (火)

日本100名城 会津若松城

福島県 会津若松市 追手町  「会津若松城」

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 80/200 前身の城は黒川城 奥羽仕置で徳川の北の抑えとして秀吉が蒲生氏を入れ近世城郭となった 江戸時代加藤氏が入るが会津騒動にて失脚し後は幕府領となり松平時代が220年続いた 戊辰戦争で破壊されるものの天守などは明治7年に解体されるまで残った

地元では鶴ヶ城といいます
戊辰戦争で激戦があったとは思えないほど遺構がきれいに残っています
西出丸西大手門跡 この右奥が駐車場です
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石垣や堀が美しく残っています
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西中門跡 そこから見える天守
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天守台の石垣 算木積みではないが力強い感じがします
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天守は赤い瓦が優しい感じで好きです😃
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天守見学入り口付近
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天守からの眺望
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鉄門方向からの天守
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天守から鉄門に至る走長屋内の展示
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キャラ お城ボくん 前回攻城時にも撮った気がする💧
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廊下橋と門跡
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廊下橋の両側の高石垣は見事 ❗

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高石垣から見る天守
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高石垣上にある月見櫓跡
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長く続く長屋走の石垣
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馬に人参のように重い石の上に遊女を乗せて運んだといういわれを持つ遊女石(中心の大きな石)
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御殿の生活がしのばれる茶室
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城内にあった御三階と呼ばれる建物は阿弥陀寺に移築され現存しています
こちらは駐車場はありません
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よく整っている城跡で見学はしやすいです 高い木が天守の近くにないのでいろいろな角度から楽しめます
スタンプは天守にある売店の入口です 天守に入城しなくても押すことは可能です

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2019年6月 8日 (土)

日本100名城 二本松城

福島県 二本松市 郭内  「二本松城」

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 79/200 15世紀初め畠山満泰により築城 16世紀後期に伊達政宗により滅ぼされた 秀吉が蒲生氏に会津領を与える 江戸時代は丹羽氏によって治められた 戊辰戦争で落城

 二本松市歴史資料館は城郭から少し離れていますが大手門跡がすぐ近くにあります
スタンプはこちらか駅またはお城の観光案内所の3か所で押せます
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私たちは忘れてしまった放射能測定器も見かけました
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お城の案内所では史料館とは別のパンフレットをいただきました
案内所の方お勧めの見学ルート(道順)はとても良かった😃😃
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戊辰戦争で14名の少年隊士が亡くなった 後ろの母親像が悲しいですね
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二階櫓(往時はなかったとされる) 多聞櫓 箕輪門 (いずれも復元)
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箕輪門正面
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塀重門跡 石垣の上に樹齢350年のアカマツがあります
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池越しの景色 上の建物は洗心亭(県指定)
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こちらも樹齢350年の霞ヶ城の笠マツ(アカマツ)
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搦手門跡
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天守台の石垣
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天守台上からの風景
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山並みもきれいに見えます
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東側
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野面積みの古い石垣も発見されています
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日本三井の一つと言われる 日影の井戸
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駐車場から見る連続する石垣
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池や滝など自然豊かな整備された城跡で美しい
石垣は平成5年から2年かけて修復したとのことでした

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2019年6月 7日 (金)

続日本100名城 三春城

福島県 三春町 大町「三春城」

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 78/200 14世紀初め田村義顕により構築されたとされる 奥羽仕置により伊達領となり会津に入った蒲生氏により若松城の支城となる 江戸期は最後秋田氏が11代に渡り城主を務めた 維新後建物礎石石垣などすべて払い下げとなり遺構はほとんど残っていない

歴史民俗資料館でスタンプを押しましたが本丸にもあります
パンフレットを先に手に入れるにはこちらからが良いです
自由民権運動が盛んだったらしく関連資料が展示されていました 坂を下った町役場から道を挟んで北側に城跡があります

藩校の門であった明徳門は小学校へ続く階段の途中にありました
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駐車場近くにある唯一の案内板はかなりざっくりバージョン(笑)
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国が絡んでいるようですが補助金とか出るとかえってめんどくさいんですよね😖
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これ以外は遺構を示す杭があるのみです
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遺構らしきものが点在しているのですがはっきりしません
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本丸は少し段差があります
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スタンプのおいてある東屋
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別名 舞鶴城
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屋敷がほとんどで櫓は再建しなかったらしい
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一番わかりやすく残っている石垣でこんな感じでした
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竪掘跡には橋がかけてありました
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山自体は城に最適という感じはしましたが もう少し遺構をわかりやすくしておいて欲しいです

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2019年6月 3日 (月)

日本100名城 白河小峰城

福島県 白河市 郭内  「白河小峰城」

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 77/200 14世紀中ごろ結城親朝により築城が始まったとされる 江戸時代に入り会津領となって城下が整備され白河藩になってから奥州の抑えとして梯郭式の城が完成した 戊辰戦争にも巻き込まれ場内及び城下に被害が出た

以前白河集古苑と称していた小峰城歴史館にスタンプがあります 駐車場も歴史館周辺にあります JR白河駅を挟んで遺構があります
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 震災で石垣に被害があり4月下旬に修復が完了したばかりです
月見櫓も色に変化があり修復したものと思われます
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本丸と二の丸の間の堀 清水門では重機が作業中でした
石垣周辺の工事がまだ続いているようです
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被害の大きかった南面の石垣はきれいになっていました
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桜門跡から本丸に登りました

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虎口が狭くなっています
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本丸から二の丸方面を眺める
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本丸内部から見る三重櫓
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特徴的な切妻破風とその内部
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三重櫓と御門櫓が復元されています
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東側の石垣 北側はまだ工事が続いているようでした
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二の丸から本丸を見る
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石垣の修復が終わったばかりで周辺の工事がまだ続いているのか重機があったり立ち入り禁止区域が見られました
二の丸は広くて綺麗な芝で覆われ歴史館近くに茶屋が設けられています 甘味や簡単な食事もできます

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2019年6月 1日 (土)

日本100名城 岩村城

岐阜県 恵那市 岩村町  「岩村城」

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 76/200 鎌倉時代からあった城で遠山家の城としては1500年頃からとされる 日本一高いところに築かれた山城は標高717m 近世三大山城の一つに挙げられている 女城主の里として呼ばれ「おつやの方」はお家と城下のために信玄などと戦い献身するが最期は信長の怒りに触れ逆さ磔により殺害されたとされる 城下は伝統的建造物群として保存地域になっている

歴史資料館と駐車場は藩主邸のあったところ 太鼓櫓 藩校 表御門などが復元された
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登城口から藤坂(山道)を登り初門 有事の時に門が設けられたらしい
かぎの字に道が曲がって侵入を抑制する仕組みがあります
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一の門付近の石垣
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上部は古い石垣
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土岐門
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あちら三重櫓にかけて畳橋が架かっていて現在の通路は深い堀だった
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CGビューアのサンプル画像が畳橋だったので転載させていただく
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別名霧ケ城と呼ばれる所以の井戸跡
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本丸手前の六段壁と呼ばれる六段の石垣
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本丸 東曲輪などへの入口
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本丸への虎口と本丸
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埋門 方向への虎口
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本丸から出丸側へ下りる道に沿った石垣
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見事な石垣が何重にも重なっていて見ごたえがあります
古いところは崩落の危険もありそうなので修復が必要ですね
古い町並みが残る城下町は別記事でUPしたいと思います

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