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2019年7月 1日 (月)

続日本100名城 上ノ国勝山館

北海道 上ノ国町 勝山 「上ノ国勝山館」

 続日本100名城 (102

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 83/200 上ノ国守護で花沢館主である蠣崎氏に招かれた武田信弘はアイヌ民族によるコシャマインの乱を鎮圧 蠣崎氏の養女と結婚し蠣崎と改名して洲崎館に住むがその後軍事的に優れた場所として勝山館を築き寛正3年(1462年)に移ったとされる 日本海側の政治・軍事・北方交易の中心となった 信弘の死後子の光弘はアイヌ民族によって落城した松前大館に入城した 松前氏と改名したのち慶長9年(1604年)松前藩を立藩し勝山館は廃城となった

勝山館跡ガイダンス施設は夷王山の中腹で遺構の上部にあたります
スタンプはこちらです
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縄張り模型
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埋葬レプリカ
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夷王山 の頂上を望む
山頂では毎年コシャマイン慰霊祭が行われるそうで今年は7月6日です
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埋葬箇所に杭が打たれています
アイヌ民族の埋葬もあり当時の民族間の交流が感じられます
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ガイダンス施設からは海に向かって縄張りを下っていく形です
奥が本曲輪の最上部の土塁となりその手前が空堀です
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本曲輪に入ってすぐ館神八幡宮跡があります
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下りながら左右に屋敷や施設跡などが続いています
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井戸
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鍛冶屋跡
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下方に行くと海岸線も鮮やかに見えます
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北曲輪との境に大きな堀切があります
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大きな二重堀切です
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迫力がありますね
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この後は細い道がつながっています
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山の中に突然現れる居住空間のようで感動しました
手入れも行き届いて整備されていました
時間があれば海まで歩きたい感じですが

上がってくるのが大変なので💦 途中で引き返しました

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