2019年12月 3日 (火)

続日本100名城 富山城

富山県 富山市 本丸 「富山城」

 続日本100名城 (134

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 109/200 平安時代に守護代神保氏によって築かれた 謙信の勢力拡大や一向一揆により上杉の支配下になる 上杉の死後信長が制圧し佐々成正が入り近代城郭が造られたが信長の死後秀吉に降伏し前田利家の所領となる 富山藩成立後越中前田氏により明治まで治められた

かなり変更が加わっていますが きれいな公園として整備されています
駐車場は地下で左折でしか入れなかったのでぐるぐる回ってしまいました😞💧
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地下の駐車場から出ると天守が目に入りました
模擬天守で「郷土博物館」になっています
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「鉄御門桝形」の石垣
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説明板
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複数の「鏡石」が特徴です
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土橋と天守
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堀には水鳥が多くいました
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西出丸方向の広い堀
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本丸側の堀
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東側にある駐車場入り口の隣に修復移築された「千歳御門」があります
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屋根が立派で博物館に展示と説明書きがありました
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博物館入口側
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博物館内から天守に登り 桝形 西の丸 方面
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本丸内の庭園
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「佐藤記念美術館」
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「搦手門跡」
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スタンプは郷土博物館でした
公園として綺麗に整備されていました
石垣の少ない城だったらしく現在の石垣は変更したところもあるそうです
堀も埋まっていたりと当時の様子とは変わっているそうなので想像力が必要です(笑)

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2019年11月13日 (水)

日本100名城 仙台城

宮城県 仙台市 青葉区 「仙台城

 日本100名城 (8

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 108/200 鎌倉時代からあった青葉山の千代城に伊達政宗が慶長5年(1600年)から築城した 広瀬川など自然の要害に囲まれている 天守はなく本丸に広い御殿があったとされる 廃城令で廃城となるまで270年伊達家の居城であった

本丸裏手の埋見門が駐車場入り口(内部からの画像)
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見取り図 二の丸 三の丸はかなり下にあります
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本丸には天守はなく本丸御殿がそびえていたようです
大広間跡 右奥の建物が「仙台城見聞館」というガイダンス施設でスタンプはこちらです
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有名な「伊達政宗騎馬像」
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本丸から城下の眺め
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博物館のある三の丸まで降りていきます
詰門から下へ
いい曲線出てますねぇ
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北面石垣は平成9年から7年程かけて修復されましたがその時に下から初期の石垣が発見されました
また修復されたため2011年の東日本大震災では被害を受けませんでした
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途中から博物館へは林の中を進みます
清水門跡は野面積みのようです
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博物館入口「子門跡」と「五色沼」(日本フィギアスケート発祥の地)
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改めて車道の登城路へ
大手門跡石垣
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復元された大手門脇櫓
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中門跡
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先日の首里城もそうですが木造ゆえ仙台城も火事や空襲で現存建築物がありません
ますます気を付けて文化財を守りたいものです

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2019年11月11日 (月)

日本100名城 多賀城

宮城県 多賀城市 城前 「多賀城

 日本100名城 (7

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 107/200 奈良・平安時代陸奥の国府や鎮守府が置かれた政治行政の中心であり軍事拠点でもあった 南北朝の乱で落城したといわれる

古代遺跡としては大宰府と似ていますが大宰府は城の扱いではないのか100名城に選出されていません
政庁遺構のすぐ隣にある多賀城管理事務所でスタンプを押しました
駐車場・トイレなどもここにあります
道を挟んで政庁跡です
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わき道を進むと右側が正殿側
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土塁と石垣のようなものが上に見えました
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徐々にのぼり水路跡を発見
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右手に土塁を確認
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真ん中に模型が設置されて当時の配置を確認できます
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正殿へ上ってくるメインストリートがまっすぐ続いていました
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通りに面して発掘しているらしい現場がありました
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南門入口
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イラストがあれば想像もしやすいです
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正殿 礎石はそのままで周りは復元です
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後殿から正殿方向
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ここを中心に遺構があるのですが
いつも通り時間の都合で政庁跡のみとなりました

大変開けた立地で都の様相があったのだろうと想像します

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2019年11月10日 (日)

日本100名城 山形城

山形県 山形市 霞城町 「山形城

 日本100名城 (10

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 106/200 南北朝時代斯波兼頼の築城とされ改姓して最上と名乗る 11代最上義光は伊達政宗とも争い名を挙げ後に関ケ原の武功により加増となるなどし栄えた 以後多くの城主が入れ替わったが衰退していった

東北遠征1日目の最後山形城へはスケジュールが押して夕方の到着となりました
最上義光像
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東大手櫓門
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桝形内
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橋と高麗門
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秋は夕暮れが早いです
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堀の外は線路があります
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重要文化財の明治洋風建築式の建物が郷土館です
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ん! 閉館 そうだスタンプ!
4時30分までだったようで💦💦
慌ててあと二か所のスタンプ置き場を確認
最上義光記念館なら開いているかも
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やはり4時30分までのようで...
しかし 人影発見祈る思いでドアをたたいて…
快く対応いただきました💕
 本当に申し訳ございません
夕闇迫る中なんとか写真を撮りましたのでピンボケです(笑)
本丸 空堀 一文字門 土塁
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帰り際に北不明門の石垣 刻印があるとのことでしたが暗くてわからず
印が浮き出ているのがそれかどうかはわかりません
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スタンプの押印時間は要確認! 反省😖

本丸内見学も開放時間が決められているようなので行かれる方はチェックしてください

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2019年11月 8日 (金)

続日本100名城 米沢城

山形県 米沢市 丸の内 「米沢城」

 続日本100名城 (109

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 105/200 城は鎌倉時代から長井氏が140年以上治めた館がもとでその後伊達氏が40年ほど本拠地とした 直江兼続が城主を務めた後「慶長出羽合戦」により石高の減じられた上杉景勝が城主となる 兼続により城の大改修が行われる 270年に渡り上杉家の居城となる

はっきりわかる遺構は堀だけですが本丸は神社と広い公園になっています
(上杉神社参道)
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大手口にある馬印 毘 と 龍
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本丸を囲む広い堀
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謙信像
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藩の財政を立て直したと言われる上杉鷹山(ようざん)
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ライオンズクラブの寄贈ですがロータリークラブバージョンもあります
慕われているんですねぇ

謙信の遺骸が納められていたという御堂の跡地
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戊辰戦争の慰霊碑が隣にありました
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この辺りに謙信誕生の地という碑があるのですが次に行く舘山城説もあります
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矢倉門(別名菱門)にかかる菱門橋
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城の南側に上杉記念館があります
上杉伯爵邸が有形文化財だそうです
今回寄りませんでしたが入口の門と冠木門です
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スタンプは神社の鳥居近くちょっと古めの建物の観光案内所にあります
平城のせいか変化に乏しい城跡ですが堀は広くて立派でした

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2019年11月 7日 (木)

続日本100名城 白石城

宮城県 白石市 益岡町 「白石城」

 続日本100名城 (105

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 104/200 平安末期に造られた城は天正19年(1591年)蒲生氏により近代城郭となる 関ヶ原後伊達政宗の重臣片倉景綱が入城し一国一城令後も存続し明治を迎える 戊辰戦争では奥羽越列藩同盟の諸藩が白石城に集結した 

新政府軍に占拠された後南部藩の管理となり建物はすべて取り壊しや民間への払い下げとなりましたが
現在天守と本丸の大手門が木造で復元されています

近くの老健施設にお城見学用の駐車場がありました
シロクロード(城来路)という遊歩道をたどると本丸へ
という流れになっていました😃
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門跡 窓の意匠が統一されているようです
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上がっていくとすぐに天守が見えました
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井戸跡
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振り返ると「大手一ノ門」
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長細い虎口を抜け「大手二ノ門」
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横からの天守も
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前が「本丸御殿跡」
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まっすぐ進むと「土塁」と「裏御門跡」がありました
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天守横には本丸内の井戸
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天守
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内部の展示は「片倉小十郎」(景綱)に関するものでした
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天守からの眺め 本丸御殿跡と遠景に城下町
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大手虎口がよく見えます
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昼時だったので白石うーめん(温麺)をいただきました
何軒かありますが JRのCMで吉永小百合さんが食べたお店へ
(入ってから分かったのですが💧)

武家屋敷跡へ
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濠が風情があって良かったです
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スタンプは天守で押しました
のんびりした街並みで建物はないものの城下町の雰囲気が漂う町でした

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2019年10月22日 (火)

日本100名城 大野城

福岡県 宇美町 四王寺ほか 「大野城

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 103/200 基肄城・水城とともに大宰府を守るために造った朝鮮式山城で天智天皇が命じたとされる 白村江の戦いに負けたことから唐・新羅の侵攻に備えた

今回の九州遠征の最後です
見取り図の地図では気軽に回れそうでしたが実際にはかなり距離とアップダウンがあり2日に分けてハイキングしてもよさそうな雰囲気でした
ということでいくつかをピックアップして歩きました
最初に「大宰府口城門跡」同じ駐車場に歴史ツアーとみられるグループがバスで来られていました😃
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小さめの石が何重にも積まれています
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門跡の横にある石塁
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駐車場近くにある城の外周の土塁は5kmほどあるとのこと
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大石垣へ向かう途中にある「増長天礎石群」
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草が生い茂り不安な山道ですが案内板があるとホッとします
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行き止まりで進入禁止の看板がありなんだろうと思いましたが
その先が「大石垣」でした
無視してまっすぐ行くと落ちちゃいますね😵
脇の段を下り横を見ると石垣がありました
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正面からは木が多くてカメラではわかりにくいです
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駐車場まで戻り城の北部へ
朝鮮式らしい「百間石垣」
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土塁のほか谷間を石垣にしたと解説があります
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川もあってとても良いロケーションです
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曲線を描きながら上に伸びていってます
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これに沿って上に道があり少し上がってみました
こんな感じで続くのでしょうが山道が続くようなので戻ることにしました
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スタンプは水城とともに「大野市心のふるさと館」で取得済み
ラグビーワールドカップの試合がある日の福岡へ
予定より早く福岡についたので入浴施設で一息付けました

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2019年10月19日 (土)

続日本100名城 水城(みずき)

福岡県 大宰府市 水城ほか 「水城」

 続日本100名城 (182

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 102/200 664年に造られた古代の防衛施設で博多湾から続く道の大宰府の手前に設けられた 山と山の間の平地に大規模な土塁を築き東西二か所の門にだけ道を通した 東は博多に至る役人が通る道・西は鴻臚館へ至る外交に関する道とされる官道が伸びていた

1300年以上前の土塁が残っているのはすごいことですね
地上からはわかりにくいのでパンフレットの写真をお借りします
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地上はこちらです「東門跡」
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西門方向を眺めると こんな感じ
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門の礎石類が置かれています
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「官道」の表示と祠
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真後ろがちょうど土塁
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もっと高かったと思いますが面影が残っていますね
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ずっとつながっています
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復元「木樋」
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「木桶取水口」は水が張っていて詳しくわかりませんでした
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土塁の下に造られた史料館
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ビデオを見せてもらいました
駐車場はこの裏少し入ったところ
この規模のものをよく作ったしよく残っていたと感心しきりです
西門も行きたかったのですが時間の関係でパスしました

「大野城」と「水城」の
スタンプは「大野城市心のふるさと館」です
駐車場はすぐ隣の「まどかぴあ」という市の立体駐車場が無料で利用できます

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2019年10月18日 (金)

続日本100名城 基肄城(きいじょう)

福岡県 筑紫野市 山口ほか 「基肄城」

 続日本100名城 (184

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 101/200 天智天皇の命によって大宰府を守るために築かれた城といわれる 唐・新羅軍と戦う百済に援軍を送った「白村江の戦い」で敗退したため日本侵攻に備えた 大野城・水城とともに大宰府を守る日本初の朝鮮式山城とされる

カーナビで進んだところ「災害により通行止め」の表示があったためスタンプのある基山町民会館に向かいました
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職員さんに聞くと問題なく行けますということで城の資料と案内の地図もいただきました
カーナビとは違うコースでかなり狭い山道もありましたが無事草スキー場駐車場に到着しました
草刈りの真っ最中
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草スキー場の横にある登山道と思われる道をとにかく上に向かって歩きました
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草なので滑りやすいので履物は要注意です
正規のルートではないかもですが💦
まあまあの斜度を一気に登りきると少しガスっていたけれど視界が開けました
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石碑や見晴台がありました
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まず基山の頂上を目指します
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上が主郭です
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虎口なのでしょうか 真ん中に登り口が
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山頂から見た「いものがんぎ」という堀切です
主郭への侵攻を防御します
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頂上にある祭祀?
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天智天皇の碑
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登り口に戻り反対側を少し進んだのですが
山道が深くなりそうだったのと一部不通区間があるという情報もあったので引き返しました
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いったん山道を下り水門のある場所まで車で移動しました
山城の広さを感じます
「水門跡」南門もあったとされます
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かなり高い石垣です
台風の被害なのか石材が片付けられて並んでいるものがありました
周辺には土砂崩れのあとも見受けられました
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カーナビだけでは思ったところに行けるとは限らないことがわかりました
城巡りは時間との戦いもあるので時間優先にルートを考えてしまいますが
現地の情報を地元で仕入れてからがよいという教訓でした

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2019年10月17日 (木)

日本100名城 佐賀城

佐賀県 佐賀市 城内 「佐賀城

 日本100名城 (89

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 100/200 記念すべき100城目やっと半分 佐賀城の前身村中城は地方領主により築城され後にの子孫が龍造寺と名乗った 16世紀後半大友氏の侵攻があり家臣の鍋島氏が敵将を討ち取った 関ヶ原後龍造寺氏の滅亡により鍋島氏が藩主となり幕末まで続いた

鍋島氏の功績は大きかったようですね
銅像も立派です
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現存「鯱の門と続櫓」
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佐賀の乱のときの弾痕
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内部から見ると鯱がよく見えます
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復元された「本丸御殿」
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入口に展示された「アームストロング砲」
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御殿内部廊下 梁が見えるようになっているところもありました
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「御座間」(右)は鍋島直正の居室で現存ですが何度か移築し元に戻りました
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「南側土塁」を望む
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「南側土塁」と広い堀
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庭にある「石製の樋管と水路」
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再現された「西側土塁石垣」
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「天守台」
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上記左側「続櫓の石垣」
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スタンプは御殿の受付です
無料で音声ガイドを貸してくれました 太っ腹!
佐賀藩は近代化を進めた藩で製鉄造船など最先端を走っていたんですね
「はなわの歌」でSAGAのイメージではマイナーだったので(笑)目からうろこ

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