2019年7月 7日 (日)

日本100名城 五稜郭

北海道 函館市 五稜郭町  「五稜郭 」

 日本100名城 (2

 各画像はクリックで拡大表示されます

 85/200 安政元年(1854年)日米和親条約による函館開港にあたり五稜郭を築城し函館奉行所を設置した 初めての洋式築城法によって元治元年(1864年)完成したが箱館戦争により明治元年(1868年)旧幕府軍が半年以上占拠した 完成後7年で解体された函館奉行所は2010年に復元された

五稜郭タワーから全貌を見渡せます
Cimg8718
真ん中に建つのが復元された函館奉行所
Cimg8728
模型で確認 一つしか建設できなかった半月堡が手前です
Cimg8719
戊辰戦争終結150周年記念スタンプラリーを実施中
タワーに登り飲食と物販でレターファイルゲット(10月末まで)
Img_20190702_0002
Cimg8747
半月堡へ橋が架かっていて入口となります
Cimg8738
半月堡の跳出石垣 (上部の張り出しがある石垣)
Cimg8740
広い城内 遺構を残しつつ公園になっています
春は桜の名所です
Cimg8752
表門 跳出石垣と堀
Cimg8750
復元された函館奉行所
復元は1/3ですが主要なところはあるようです
スタンプはこの向かいの飲食店か五稜郭タワーです
🚗 JAF会員はポストカードいただけます
Cimg8754
当時の材料技術にこだわって 作られています
Cimg8764
大広間を支える太い梁
Cimg8773
復元された板倉の後ろには土塁があります
Cimg8780
裏門側 見隠土塁
Cimg8781
砲台を上げる坂
Cimg8782
内側の空堀
Cimg8787
裏門橋付近の外側から見た堀
Cimg8797
最後は堀に咲く睡蓮 紅白で北海道城巡りを締めます(笑)
天気に恵まれ北海道らしさを満喫しました
Cimg8795
Cimg8796
😃💕

| | コメント (0)

2019年7月 4日 (木)

続日本100名城 志苔館

北海道 函館市 志海苔町 「志苔館」

 続日本100名城 (101

 各画像はクリックで拡大表示されます

 84/200 蝦夷代官として赴任した安藤氏はアイヌとの交易をおこない道南十二館と呼ばれる拠点を造った 東端が志苔館で14世紀末頃小林重弘によって築かれたとされる 康正2年(1456年)志苔から始まったコシャマインの乱で陥落 その後奪還されたが永正9年(1512年)再び陥落した後に小林氏が松前に移ったこともあり放棄されたとされる

函館空港のすぐ隣に位置しています
駐車場は特になく私が着いた時には遺構を見に来たお客さんを乗せたタクシーがいたので待機していました
端に寄せるなどして2台くらいは駐車できそうです
Cimg8633
案内板のあるあたりは堀にあたります
Cimg8634
郭の外の説明版
Cimg8638
復元された土橋と橋 堀は薬研堀
Cimg8651
海が間近❗

Cimg8637  
外側に東屋があり
Cimg8655
スタンプが設置された箱が常駐?されています
Cimg8657
郭内の説明版 建物や防御の変化や出土品が紹介されています
Cimg8644
南(海)方向
Cimg8646
東方向は現在民家があります 土塁には開口部が見えます

Cimg8650
北側も民家が連なっています さらに奥が空港になります
Cimg8641

北東の角から曲輪全体を見たところ
Cimg8649
朝一番に行ったのと海の近くだったのですがすがしく1日がスタートしました

タクシーで乗り付けた方 急がせてしまったかもですみません

| | コメント (0)

2019年7月 1日 (月)

続日本100名城 上ノ国勝山館

北海道 上ノ国町 勝山 「上ノ国勝山館」

 続日本100名城 (102

 各画像はクリックで拡大表示されます

 83/200 上ノ国守護で花沢館主である蠣崎氏に招かれた武田信弘はアイヌ民族によるコシャマインの乱を鎮圧 蠣崎氏の養女と結婚し蠣崎と改名して洲崎館に住むがその後軍事的に優れた場所として勝山館を築き寛正3年(1462年)に移ったとされる 日本海側の政治・軍事・北方交易の中心となった 信弘の死後子の光弘はアイヌ民族によって落城した松前大館に入城した 松前氏と改名したのち慶長9年(1604年)松前藩を立藩し勝山館は廃城となった

勝山館跡ガイダンス施設は夷王山の中腹で遺構の上部にあたります
スタンプはこちらです
Cimg8530
縄張り模型
Cimg8526
埋葬レプリカ
Cimg8520
夷王山 の頂上を望む
山頂では毎年コシャマイン慰霊祭が行われるそうで今年は7月6日です
Cimg8583
埋葬箇所に杭が打たれています
アイヌ民族の埋葬もあり当時の民族間の交流が感じられます
Cimg8535
ガイダンス施設からは海に向かって縄張りを下っていく形です
奥が本曲輪の最上部の土塁となりその手前が空堀です
Cimg8544
本曲輪に入ってすぐ館神八幡宮跡があります
Cimg8549
下りながら左右に屋敷や施設跡などが続いています
Cimg8555
井戸
Cimg8559
鍛冶屋跡
Cimg8561
下方に行くと海岸線も鮮やかに見えます
Cimg8556

北曲輪との境に大きな堀切があります
Cimg8570
大きな二重堀切です
Cimg8569
迫力がありますね
Cimg8568
この後は細い道がつながっています
Cimg8578
山の中に突然現れる居住空間のようで感動しました
手入れも行き届いて整備されていました
時間があれば海まで歩きたい感じですが

上がってくるのが大変なので💦 途中で引き返しました

| | コメント (0)

2019年6月29日 (土)

日本100名城 松前城

北海道 松前町 松城  「松前城」

 日本100名城 (3

 各画像はクリックで拡大表示されます

 82/200 異国船が頻繁に出没することに危機感を持った幕府が松前藩に築城を命じた最後の和式城郭 福山館跡と周囲の海岸段丘を利用した縄張りで福山城ともいう 箱館戦争では一時徳川脱走軍の手に落ちた 明治8年には廃城令にて廃城となる

本丸御門は現存遺構です
北海道の気候に合わせ銅板葺きとなっています
Cimg8435
本丸御門と復元三重櫓
Cimg8436
三重櫓台座に残る砲弾跡
Cimg8459
櫓の上からは海が見渡せました
Cimg8432
門の北側が本丸で御殿が建っていたところになります
Cimg8466
小学校の玄関として使われていた御殿の玄関
Cimg8445
さらに裏手には寺社や墓地があり城主の墓所があります
Cimg8473
御霊屋と呼ぶ松前藩歴代の位牌が安置された建物
Cimg8475
外堀と国鉄松前線のトンネル跡 軍需物資を運ぶために遺構を突っ切ったようです
Cimg8476
二ノ丸三ノ丸の境の土塁と石垣
Cimg8488
堀が残る(または再現)されたところ
Cimg8497
この外側に台場跡がいくつかあります
Cimg8498
天神坂門
Cimg8501
搦手二ノ門と手前にある三本松土居
Cimg8418
海までの様子がよくわかる縄張り模型
Cimg8420
資料や遺構の扱いが少し雑だったのが気になりました
海も近いので大事に扱ってほしいところです
縄張りは広くゆっくり散策するにはよいと思いました
スタンプは資料館発券窓口です

| | コメント (0)

2019年6月12日 (水)

続日本100名城 向羽黒山城

福島県 会津美里町 船場 「向羽黒山城」

 続日本100名城 (111

 各画像はクリックで拡大表示されます

 81/200 12世紀後半鎌倉の名門三浦氏一族を祖に持つ蘆名氏が会津地方を治めることとなる 16世紀中ごろ16代となる盛氏が中興の祖となる 向羽黒山城を築城し居城とする 武田氏北条氏らと対等の盟約を交わす商業を強化するなどの戦略で隆盛を極める 盛氏没後伊達氏との戦いに敗れ蘆名家は滅亡する 城主は伊達-蒲生-上杉と移り蘆名氏滅亡から10年余りで上杉氏の移封とともに破城となった

インフォメーションセンターへ行きましたが閉鎖中の資料室の入口にスタンプがあるとのことでした
特に案内標識もないのでパンフの地図を頼りに車で移動しました
少し歩くつもりでしたが熊の出現情報が多かったのでポイントごとに車を止めながらということにしました
御茶屋場曲輪 付近のリアルなクマの看板 お体裁でないな💦 と感じさせますよね

Cimg8347

御水神社と弁財天の表示があり熊の看板にびびった(笑)ので近い御水神社へ
Cimg8349

Cimg8350

一曲輪と二曲輪の間にある駐車場に車を止め少し歩くことに
熊除けの鈴を持ってこなかったのですが。。。
そうでしたスマホで音楽を流せばよいと気が付き
当然 Perfumeの曲で盛り上がりながら出発
アルバムは LEVEL3🎵

Cimg8353

Cimg8355
やっぱり山城は良いです  土塁ですね
Cimg8356
奥が階段の虎口
Cimg8358
一曲輪手前の階段
Cimg8362

Cimg8363

あっけなく到着
Cimg8364
見渡しはやはり最高 ピークは磐梯山
Cimg8374
飯豊山地
Cimg8365

弁天神社方面に少し下ってみました 東側が川です
Cimg8369
道は狭く 熊にばったり会いたくない雰囲気です
Cimg8371
だいぶ急になったので戻ることにしました
一人で来たと思われる女性とすれ違いました
御茶屋場曲輪付近では男性が一人
二人とも熊鈴持っていました💧

さて 駐車場まで戻り 二曲輪へ
こちらは数分で登りつきます 東屋と
Cimg8375
展望台があります
Cimg8373
再度駐車場に戻りましたが この駐車場の入口に堀切と門跡の表示があります
Cimg8381
熊の気配は感じませんでしたが 音の出るものを持ち存在を知らせておくことが肝心です
熊撃退スプレーの効果はわかりませんがネットで探すと1万円前後のようです

ちょっと購入を考えてしまいます

| | コメント (0)

2019年6月11日 (火)

日本100名城 会津若松城

福島県 会津若松市 追手町  「会津若松城」

 日本100名城 (12

 各画像はクリックで拡大表示されます

 80/200 前身の城は黒川城 奥羽仕置で徳川の北の抑えとして秀吉が蒲生氏を入れ近世城郭となった 江戸時代加藤氏が入るが会津騒動にて失脚し後は幕府領となり松平時代が220年続いた 戊辰戦争で破壊されるものの天守などは明治7年に解体されるまで残った

地元では鶴ヶ城といいます
戊辰戦争で激戦があったとは思えないほど遺構がきれいに残っています
西出丸西大手門跡 この右奥が駐車場です
Cimg8242
石垣や堀が美しく残っています
Cimg8244
西中門跡 そこから見える天守
Cimg8250

Cimg8254
天守台の石垣 算木積みではないが力強い感じがします
Cimg8260
天守は赤い瓦が優しい感じで好きです😃
Cimg8275
天守見学入り口付近
Cimg8306
天守からの眺望
Cimg8311

鉄門方向からの天守
Cimg8293
天守から鉄門に至る走長屋内の展示
Cimg8315
Cimg8316
キャラ お城ボくん 前回攻城時にも撮った気がする💧
Cimg8298
廊下橋と門跡
Cimg8284

Cimg8272

廊下橋の両側の高石垣は見事 ❗

Cimg8267
高石垣から見る天守
Cimg8279
高石垣上にある月見櫓跡
Cimg8286
長く続く長屋走の石垣
Cimg8262
馬に人参のように重い石の上に遊女を乗せて運んだといういわれを持つ遊女石(中心の大きな石)
Cimg8301
御殿の生活がしのばれる茶室
Cimg8323
城内にあった御三階と呼ばれる建物は阿弥陀寺に移築され現存しています
こちらは駐車場はありません
Cimg8338

よく整っている城跡で見学はしやすいです 高い木が天守の近くにないのでいろいろな角度から楽しめます
スタンプは天守にある売店の入口です 天守に入城しなくても押すことは可能です

| | コメント (0)

2019年6月 8日 (土)

日本100名城 二本松城

福島県 二本松市 郭内  「二本松城」

 日本100名城 (11

 各画像はクリックで拡大表示されます

 79/200 15世紀初め畠山満泰により築城 16世紀後期に伊達政宗により滅ぼされた 秀吉が蒲生氏に会津領を与える 江戸時代は丹羽氏によって治められた 戊辰戦争で落城

 二本松市歴史資料館は城郭から少し離れていますが大手門跡がすぐ近くにあります
スタンプはこちらか駅またはお城の観光案内所の3か所で押せます
Cimg8122
私たちは忘れてしまった放射能測定器も見かけました
Cimg8126

お城の案内所では史料館とは別のパンフレットをいただきました
案内所の方お勧めの見学ルート(道順)はとても良かった😃😃
Cimg8127
戊辰戦争で14名の少年隊士が亡くなった 後ろの母親像が悲しいですね
Cimg8130
二階櫓(往時はなかったとされる) 多聞櫓 箕輪門 (いずれも復元)
Cimg8131
箕輪門正面
Cimg8136
塀重門跡 石垣の上に樹齢350年のアカマツがあります
Cimg8140
池越しの景色 上の建物は洗心亭(県指定)
Cimg8145
こちらも樹齢350年の霞ヶ城の笠マツ(アカマツ)
Cimg8149
搦手門跡
Cimg8156

天守台の石垣
Cimg8164
天守台上からの風景
Cimg8169
山並みもきれいに見えます
Cimg8173
東側
Cimg8179
野面積みの古い石垣も発見されています
Cimg8185
日本三井の一つと言われる 日影の井戸
Cimg8186
駐車場から見る連続する石垣
Cimg8203

池や滝など自然豊かな整備された城跡で美しい
石垣は平成5年から2年かけて修復したとのことでした

| | コメント (0)

2019年6月 7日 (金)

続日本100名城 三春城

福島県 三春町 大町「三春城」

 続日本100名城 (110

 各画像はクリックで拡大表示されます

 78/200 14世紀初め田村義顕により構築されたとされる 奥羽仕置により伊達領となり会津に入った蒲生氏により若松城の支城となる 江戸期は最後秋田氏が11代に渡り城主を務めた 維新後建物礎石石垣などすべて払い下げとなり遺構はほとんど残っていない

歴史民俗資料館でスタンプを押しましたが本丸にもあります
パンフレットを先に手に入れるにはこちらからが良いです
自由民権運動が盛んだったらしく関連資料が展示されていました 坂を下った町役場から道を挟んで北側に城跡があります

藩校の門であった明徳門は小学校へ続く階段の途中にありました
Cimg8068_1

駐車場近くにある唯一の案内板はかなりざっくりバージョン(笑)
Cimg8114
国が絡んでいるようですが補助金とか出るとかえってめんどくさいんですよね😖
Cimg8113
これ以外は遺構を示す杭があるのみです
Cimg8075
Cimg8079
遺構らしきものが点在しているのですがはっきりしません
Cimg8084

本丸は少し段差があります
Cimg8087
スタンプのおいてある東屋
Cimg8088
別名 舞鶴城
Cimg8092
屋敷がほとんどで櫓は再建しなかったらしい
Cimg8093

Cimg8094

Cimg8095

一番わかりやすく残っている石垣でこんな感じでした
Cimg8103
竪掘跡には橋がかけてありました
Cimg8112

山自体は城に最適という感じはしましたが もう少し遺構をわかりやすくしておいて欲しいです

| | コメント (0)

2019年6月 3日 (月)

日本100名城 白河小峰城

福島県 白河市 郭内  「白河小峰城」

 日本100名城 (13

 各画像はクリックで拡大表示されます

 77/200 14世紀中ごろ結城親朝により築城が始まったとされる 江戸時代に入り会津領となって城下が整備され白河藩になってから奥州の抑えとして梯郭式の城が完成した 戊辰戦争にも巻き込まれ場内及び城下に被害が出た

以前白河集古苑と称していた小峰城歴史館にスタンプがあります 駐車場も歴史館周辺にあります JR白河駅を挟んで遺構があります
1cimg8007
 震災で石垣に被害があり4月下旬に修復が完了したばかりです
月見櫓も色に変化があり修復したものと思われます
1cimg8015
本丸と二の丸の間の堀 清水門では重機が作業中でした
石垣周辺の工事がまだ続いているようです
1cimg8018
1cimg8021
被害の大きかった南面の石垣はきれいになっていました
1cimg8022
桜門跡から本丸に登りました

Cimg8024
虎口が狭くなっています
Cimg8030
本丸から二の丸方面を眺める
Cimg8031
本丸内部から見る三重櫓
Cimg8035
特徴的な切妻破風とその内部
Cimg8042
Cimg8038
三重櫓と御門櫓が復元されています
Cimg8047
東側の石垣 北側はまだ工事が続いているようでした
Cimg8057

二の丸から本丸を見る
Cimg8065

石垣の修復が終わったばかりで周辺の工事がまだ続いているのか重機があったり立ち入り禁止区域が見られました
二の丸は広くて綺麗な芝で覆われ歴史館近くに茶屋が設けられています 甘味や簡単な食事もできます

| | コメント (0)

2019年6月 1日 (土)

日本100名城 岩村城

岐阜県 恵那市 岩村町  「岩村城」

 日本100名城 (38

 各画像はクリックで拡大表示されます

 76/200 鎌倉時代からあった城で遠山家の城としては1500年頃からとされる 日本一高いところに築かれた山城は標高717m 近世三大山城の一つに挙げられている 女城主の里として呼ばれ「おつやの方」はお家と城下のために信玄などと戦い献身するが最期は信長の怒りに触れ逆さ磔により殺害されたとされる 城下は伝統的建造物群として保存地域になっている

歴史資料館と駐車場は藩主邸のあったところ 太鼓櫓 藩校 表御門などが復元された
Cimg8005
Cimg7944
登城口から藤坂(山道)を登り初門 有事の時に門が設けられたらしい
かぎの字に道が曲がって侵入を抑制する仕組みがあります
Cimg7838

一の門付近の石垣
Cimg7843
上部は古い石垣
Cimg7846
土岐門
Cimg7941
あちら三重櫓にかけて畳橋が架かっていて現在の通路は深い堀だった
Cimg7853
CGビューアのサンプル画像が畳橋だったので転載させていただく
_20190531_231433
別名霧ケ城と呼ばれる所以の井戸跡
Cimg7933

本丸手前の六段壁と呼ばれる六段の石垣
Cimg7867
本丸 東曲輪などへの入口
Cimg7870
Cimg7869
本丸への虎口と本丸
Cimg7882
Cimg7900
埋門 方向への虎口
Cimg7904
本丸から出丸側へ下りる道に沿った石垣
Cimg7921
見事な石垣が何重にも重なっていて見ごたえがあります
古いところは崩落の危険もありそうなので修復が必要ですね
古い町並みが残る城下町は別記事でUPしたいと思います

| | コメント (0)

より以前の記事一覧