2019年8月20日 (火)

谷戸城

山梨県 北杜市 「谷戸城」

 平安時代の末期に武田氏の祖「黒源太清光」が築いたといわれる国指定の遺跡 いわゆる中世城郭にあたり発掘が行われている 堀や土塁が現況からも確認できる
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お城好きの方の評価が高い城であったので攻城することとしました
すぐ隣に「北杜市考古史料館」があります 今回は時間の関係で寄れませんでしたが詳しいことはこちらでわかるかと思います 登城口もこちらで大手側になります
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入ってすぐ案内図などがあります
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原型は輪郭か並郭でしょうか山の地形そのもので構成されています 
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過去画像では雑草を刈り込んでいる時がわかりやすいようです
ちょうど作業をされていて道筋が刈り取られていました
 
左奥二の郭への土橋
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二の郭にある東屋から左へ空堀 土塁 となります
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この桜の木の下だけ土が露出して土塁がわかりやすくなっていました
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一の郭虎口 この反対側に食い違い虎口があります
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土塁があるので外から一の郭を見ると中が見えません
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絵にかいたような構成の城で私のような初心者にもわかりやすいようです
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北から続く東面の空堀は通路としても使ったらしい
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急斜面の下には川の水が見えます
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手入れも行き届いていてよい遺構でした
全部刈り終えてからもう一度行きたい(笑)
車での訪問でしたので公共交通機関については不明です

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2019年7月28日 (日)

長岡城

新潟県 長岡市 「長岡城」

 1616年頃長岡藩立藩のころに建てられた牧野氏の居城 地震火災にも遭ったが明治まで続く 戊辰戦争の戦場となり焼失後廃城となった 現在本丸跡には長岡駅が建ち遺構はほとんど見られない
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新潟の100名城と続100名城を回るにあたり「戊辰戦争ゆかりの地スタンプラリー」にある長岡城を訪れました
といっても遺構はほとんどありません
駅前にひっそりと碑が立っています 市役所にある多目的?ホールの横には二の丸跡の碑と
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城内にあった稲荷神社
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城の碑がありました
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スタンプラリーの押印場所は駅から近い「河井継之助記念館」です
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城に関する資料もあります
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河井継之助 の銅像
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ガトリング砲という手動式の機関銃
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庭園
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博物館には模擬櫓などがあり一部当時の石垣を使用しているそうですが今回は日程の関係で寄りませんでした
こちらの記念館は駐車場が5~6台くらいです 平日ですがそれなりに来館者がいましたので車の場合はご注意を
「戊辰戦争ゆかりの地スタンプラリー」はあと一つでオリジナルハンカチゲット(スタンプ5個以上)となりました
二本松城で押し忘れてしまいましたが 地元上野があるので一応確保というところです(笑)

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2019年7月 6日 (土)

四稜郭と権現台場

北海道 函館市 「四稜郭」「権現台場」

 明治元年(1868年)戊辰戦争末期の箱館戦争で五稜郭を占拠した旧幕府軍が五稜郭への攻撃を防ぐために数日間で作ったとされる ほぼ堡塁のみで他の設備がなく半年後の新政府軍との戦いでは数時間で陥落しその後放置された 権現台場は四稜郭と五稜郭の間に設けたさらに攻守を補うための台場であったが四稜郭同様の結末となった
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北海道城巡りの旅十番目十一番目は四稜郭と権現台場
冒頭のコメント通り短い存在期間でした
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外部から虎口
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虎口
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内部から見た虎口
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土塁の上から見ると堀の状態もよく見えます
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隅から全体を眺める
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外側から見る土塁
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周りは公園になっていて住民の方の憩いの場所になっています

1km離れたところに権現台場があります
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案内板や現状の神社の周りには土塁が確認できます
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この鳥居は五稜郭を造った石工の作で現存だと案内板にありました
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2019年7月 5日 (金)

戸切地陣屋

北海道 北斗市 「戸切地陣屋」

 戸切地陣屋は日米和親条約で函館が開港されるにあたり松前藩によって築城された洋式堡塁 幕府が倒れたあと蝦夷に渡った旧幕府軍に攻撃され陣屋守備隊自ら火をかけ敗走した 現在は曲輪・土塁・堀跡が残る
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北海道城巡りの旅九番目は戸切地陣屋で四稜の洋式堡塁 です

ナビに従っていくと林道経由でしたので先に火薬庫を見ました
火薬庫なのに小さな黄色い花がきれい ラピュタっぽい(笑) 
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100mも進まずに裏御門につきました
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門から郭内に入ると門の正面に馬隠しと呼ばれる蔀(しとみ)土塁が大きくそびえ近くに建物跡もありました
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かなり多くの建物が確認されているようです
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草刈りしたばかりのようで美しい緑でした 案内板も立派!
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表御門側も同じく馬隠しがあります
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表御門正面 両方の門は整備事業で復元されました
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門脇の空堀
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表御門に続く大手道 今は桜が植わっています
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外周を回ると稜堡の形がよくわかります
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カメの頭のように一か所だけ飛び出ているところが砲台があったところです
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表御門側に広い駐車場とトイレがあったのですがナビに次の目的地を入れると林道を戻ると出るのですが
明らかに幹線道路とは逆方向なので構わず進むと間もなく幹線道路に出ました
どうやら公園墓地の施設とつながっているので公にはナビが表示しないのだろう
という私なりの結論

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2019年7月 3日 (水)

南部陣屋と函館山

北海道 函館市 元町 「南部陣屋」

 寛政11年(1799年) 蝦夷地警備のため幕府の命により南部藩が築いた陣屋 当初は幕府直轄であった 開廃があったが最期は明治元年(1868年)に撤退となった
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北海道城巡りの旅七つ目は南部陣屋 現在は函館山ロープウェイの駐車場に石垣が残るのみです
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案内板と標識
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これもそうかな⁉

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せっかくなのでロープウェイで箱根山登ることに
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やはりトワイライト時を狙う観光客であふれかえっておりました
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8割がた外国人でしょうか
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なんとか写真撮れました💦
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調べたら函館は15年ぶりでした💧


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2019年7月 2日 (火)

上ノ国町 花沢館 洲崎館

北海道 上ノ国町 「花沢館」 「洲崎館」

 花沢館は蠣崎季繁が館主 長禄元年(1457年)のコシャマインの戦いで道南十二館のうち茂別館とともに陥落しなかった2つのうちの一つ  戦いを鎮圧した武田信広が蠣崎氏の娘と結婚して住んだ館が洲崎館 後に勝山館に移り住む 江戸末期さらに松前に移ることで廃館になった 現在は土塁や堀跡が残るのみ
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北海道城巡りの旅五番目六番目は勝山館ができる前の上ノ国の居館
国道沿いに上と下に標識がありますが目立たないので注意です
ちょっと見えているのが仮設トイレと思います
ちゃんとした駐車場ではありませんが右手に5、6台は停められます
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案内板は最初の曲輪にありました
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現在発掘中のようで駐車場に何台かあった車は作業の方の車だったようです
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ご挨拶すると快く対応してくれました
試し掘りの段階のようですが古銭などが見つかっているとのことでした
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邪魔になっては申し訳ないので早々に引き上げました
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江差方向へ少し進んだところに洲崎館があります
現在は砂館神社になっています
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綺麗に整備されています
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拝殿の後ろの本殿は道指定文化財
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その裏側が堀と思われます
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表の参道の後ろ側は土塁が続いていました
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この辺りは 
磯 舟 渓流 と釣りで有名らしい
風力発電のプロペラも多く回っている地域です

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2019年6月30日 (日)

比石館

北海道 上ノ国町 石崎 「比石館」

 比石(ひいし)館は嘉吉元年(1441年)下北の田名部から渡道した畠山重忠の一族で厚谷右近将監重政が築き長禄元年(1457年)のコシャマインの戦いで落ちたとされる 発掘調査ではコシャマインの戦い当時に比石館は存在せず勝山館の繁栄期に並存していたとされた 館神社と呼ばれる社は比石館の鎮護神を祀っている
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北海道城巡りの旅三つ目は松前城から勝山館へ向かう途中にある比石館跡
入口の標識(右の白い杭)が朽ちて知る人のみが訪れる感じとなっています
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T字路になるところまで車を入れると何となく駐車スペースがあるので止めてあとは歩きです
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海方向へ進むと説明版があります
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海岸が美しい❗
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反対側は地元の漁港でしょうか
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岬方向 轍が消えたあたりからが主郭と思われます
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振り返るとこの辺りが道が細いので空堀があったところでしょうか
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主郭には神社と碑があります
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社は海風に耐える頑丈なもののようです
周囲は何となく土塁に囲まれている感じです
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風が気持ちよく北海道らしい海と空と緑を満喫です😃

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2019年6月28日 (金)

茂別館

北海道 北斗市 矢不来 「茂別館」

 茂別館は嘉吉3年(1443年)津軽十三湊城主安東太郎盛季が南部氏に敗れて蝦夷島に渡り造ったとされる 安東一族が継ぎ館を守護した 長禄元年(1457年)アイヌ民族の首領コシャマインが蜂起し和人の館が相次いで陥落し「茂別館」と「上之国花沢館」の2館だけが残った その後下国(安東)氏は福山(松前)藩に属し茂別の地を治めた
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北海道城巡りの旅一つ目は 函館空港から松前城へ向かう途中にある道南12館の一つ「茂別館」
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大館小館の二つに分かれていて間に空堀があります 現状は何か建物がありますが左が小館です
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右の大舘は現在「矢不来天満宮」があります
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天神様(菅原道真像)が赤松の上に乗って流れ着き浜辺には赤松の大木が生えたという
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鉄道架設工事でこの大木を伐ろうとしたが難航し伐採した方が亡くなったそうで(詳しくはこちら
こちらの神社で松の霊を鎮めているそうです
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拝殿の裏手にある本殿
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この裏が急でしたが
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降りるためのロープを発見
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堀跡が見られました
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 車でのアクセスになりますが 裏手の入口で躊躇していたら地元の方になかに駐車場があると教えられました
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土塁を抜けて境内へ 虎口かどうかは不明です
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函館のレンガ造りの建物にも貢献していたようで 廃館後も様々な歴史を重ねている地域の重要な場所でした
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2019年4月12日 (金)

伏見城と聚楽第

京都府 京都市 伏見区 桃山町古城山
   
「伏見城」(伏見桃山城)

 秀吉が地震で崩壊した指月伏見城に代わって建てた城 関が原以降に家康が藤堂高虎に天下普請で改築させたとされる 現在の模擬天守は遊園地内の施設として建てたが現在京都市の管理となっている 耐震基準により内部へは入ることができない
 各画像はクリックで拡大表示されます
京都府 京都市 右京区   「聚楽第」

 聚楽城は秀吉が平安宮跡に建てた政庁兼邸宅で「聚楽第」と呼ばれる 完成から8年後「秀次事件」により破壊された
多くは「指月伏見城」に移築されたとされる 現在石碑のみある
 
「桃山御陵前駅」で降り「御香宮」へ向かいました
城門を移築したとされる入口の門
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石垣石が無造作に転がっていました
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立派な神社です😃
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少し歩いて伏見城に向かいます
以前キャッスルランドという遊園地がって模擬天守を立てたらしいのですが
閉園になり京都市に譲ったそうです
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入口の門
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模擬天守はよくできているので撮影などによく使われたそうです
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現在は桜の名所となっています
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帰りは最寄りの「近鉄丹波橋駅」から二条城方面へ向かいました
二条城の前に「聚楽第」へ といっても石碑があるだけですが😖
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この左の看板の文言は時々変わるようです
 今回は... なぜ石碑が二つあるのか 
    という設問と回答がありました

もう一つがこれです
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要は東の堀と西の堀の目印

御所と二条城を行き来するための橋の一つ「横川第一橋」
石のアーチ橋は珍しいとのこと
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最近アスファルトをはがし石畳が復活したそうです
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時間があれば移築門を見に行ったのですが今回はパスです

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2019年3月17日 (日)

松尾城

千葉県 山武市 松尾町  「松尾城」

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 松尾城は明治になり築城された五稜郭に代表される稜堡式の城 明治維新により徳川家の移封が駿河・遠江になったこと伴い諸藩が上総・安房へお国替えとなった 旧掛川藩の太田道灌の家系十六代資美(すけよし)によりに築城された 廃藩置県などにより間もなく廃城となった
 
JR総武線松尾駅近くの図書館奥にある松尾藩資料館へ ちょっと話しかけたら学芸員さんが丁寧に説明してくれました 当時の手紙が現代文にされてあり 国もとに要人の接待の依頼や子供の様子を心配する文面など生々しい内容を興味深く拝見しました
最近多くなった歴史の新事実などについて 細かい文書にまで手が回るようになってきたので発見があるとのこと 納得です
時間の関係もあり車で回ることに
まず教習所の中にある石碑「松尾藩公庁跡」ですが教習中は立ち入り不可なので外から
公務の中心地ということですね
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教習所の周りに残る「土塁」(右側が教習コース)
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次に居住区であった松尾中学校へ
職員さんに撮影許可をいただきました 怪しいおじさんなので
城跡の碑「太田城跡」とありますね いろいろ考えて最終的に掛川城内の郭の名称から松尾になったのですが...名前で呼ばれていたのでしょうか
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校舎側からの眺めは抜群ですね 下に町が見えます
昔は九十九里浜まで見渡せたのでしょうね
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ここには古墳があったことが昔から確認されていたようです
学校南側の「胸壁」は45度の急勾配でこの奥にかけて「汐見坂」となります
景色がよく海が見えたので江戸城の汐見坂からとったとのことです
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気になったのががフェンス越しに見える お地蔵様?
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汐見坂途中の祠 裏は中学の裏手で断崖絶壁でした
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移築された「御住居(おすまい)表門」は街道から見えるところにあります
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「稜堡式」の城をめぐるチャレンジでアリバイ的に行ったつもりでしたが
太田道灌・掛川城・京極高次などとかかわりがあったり成り立ちなどが興味深くうかがえたので来てよかったと思いました
また 近くにある大堤権現塚古墳は見ごたえがありお勧めです
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