2019年12月 4日 (水)

安田城

富山県 富山市 婦中町 「安田城」

 秀吉が富山城の佐々成正との戦いに備え前田氏の岡嶋一吉を配置したとされる 土塁や堀の遺構がきれいに残り国の史跡となっている

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史跡のすぐ隣に資料館があり二階のテラスから全体を眺めることができます
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当時は深さ2mほどの堀だったそうですが今は浅くて睡蓮の名所になっています
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土橋を渡ってすぐの右郭には模型があります
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二の丸 虎口
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土塁はそれほど高さがありません
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本丸へは木橋が渡っていたそうです
有事には落としたりしたのでしょう
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本丸の土塁は高く角度も急です
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二の丸の本丸側は土塁がありません
防御よりも見晴らしを優先しているそうです
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本丸にある土塁の断面の展示施設
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本丸は広い!
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二の丸に直接かかる土橋は江戸時代のものです
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資料館には富山の各城ごとの資料(A4手作り?)がきれいに整頓されていて自由に持っていけるようになっています
今回巡る城の資料をいただきました

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2019年11月12日 (火)

若林城 北目城

宮城県 仙台市 若林区 「若林城」

 伊達政宗晩年の隠居城で死後廃城となった 現在は宮城刑務所となっている
宮城県 仙台市 太白区 「北目城」

 粟野氏の居城で伊達政宗が制し後対上杉氏の拠点とした城 平城で現在遺構はほとんど認められない

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伊達政宗関連の城跡として訪れました
だいぶマニアックになってきました(笑)💧

若林城は現在宮城刑務所ということで
写真を撮るのも憚られる感じです
怪しい(笑) 影は私
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こちらは位置的には搦め手口になります
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主郭が刑務所で遺構はそこで発掘されたそうです
堀と壁の建つ土塁が城跡らしいところでしょうか
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住宅地と隣接はしています
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北目城はさほど広くない平城で現在遺構を感じられるところは見当たりません
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前はブックオフが近くにあり目印でしたが撤退したようです
右側が土塁跡らしいのですが...
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訪れる方はルートインが目印でしょうか
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道路側は交通量が多いので車で来る方は裏道に停車する感じです

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2019年11月 9日 (土)

舘山城

山形県 米沢市 舘山町 「舘山城」

 舘山城は米沢に本拠を移した際の伊達氏の城 関ケ原以降は転封となった上杉景勝が入り後に4kmほど離れた米沢城に移ったとされる 伊達政宗生誕の地は舘山城と米沢城の両説がある
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訪れた人が真っ先に見る 私有地につき...の立て札
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この辺りは城のふもとで館があったとされます
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伊達政宗生誕の地の木柱 こちらが有力?
米沢城にも石碑があります
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井戸の跡がいくつか表示されていました
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城に向かって上ると三つ折りくらいで曲輪Ⅰの虎口があります
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虎口から全体を見渡すと明らかに人工的な起伏がわかります
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曲輪Ⅱに向かって枡形虎口 土塁などが確認できます
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このような破城痕跡を見るのは初めてです
最後まで壊されていないところが珍しいですね
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西側土塁
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わかりにくいですが下に向かって竪堀があります
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隣接する発電所の設備がこの木道の下にあるらしい
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曲輪Ⅲから物見台のほうを見ると倒木が見られ道もわかりにくくなっていたため
ここから引き返しました
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破城痕跡が 貴重なお城だと思いました
手作りの立て札も味があって良いです

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2019年10月21日 (月)

岩屋城

福岡県 大宰府市 観世音寺 「岩屋城」

 岩屋城は百名城大野城の近くにあるが戦国時代の城 16世紀中ごろに高橋鑑種(あきたね)により築城 高橋を継いだ紹運は島津氏の攻撃を受け岩屋城で激戦の上全員玉砕となる(岩屋城の戦い)により果てる 大宰府を一望できる山城
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新潟大野城の手前にあるこの城跡は訪問が難しく大野城方面から歩くにしても車が通るのでお勧めできません
これまでの情報を頼りに大宰府側から山道を車で登り22番のカーブを目指しました
ほんの少しの路肩2~3台止めるのがやっとです
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入口はわかりやすく表示がありました
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登りきったところが本郭
画像がなくて申し訳ありませんが左手が小高くなっていて櫓台だったらしいです
土塁跡も確認できました
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周りは急峻😖


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一段下が腰曲輪 右側青い大きな屋根の前あたりが「太宰府天満宮」
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真ん中に「大宰府」跡
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こんもり緑が続く「水城」跡
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まさに城にうってつけの場所とわかりますね
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車の道路反対側下に二の丸があるらしいのですがやぶだらけなのでパスしました
激闘の場所と聞くとちょっと背中が寒くなります

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2019年8月20日 (火)

谷戸城

山梨県 北杜市 「谷戸城」

 平安時代の末期に武田氏の祖「黒源太清光」が築いたといわれる国指定の遺跡 いわゆる中世城郭にあたり発掘が行われている 堀や土塁が現況からも確認できる
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お城好きの方の評価が高い城であったので攻城することとしました
すぐ隣に「北杜市考古史料館」があります 今回は時間の関係で寄れませんでしたが詳しいことはこちらでわかるかと思います 登城口もこちらで大手側になります
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入ってすぐ案内図などがあります
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原型は輪郭か並郭でしょうか山の地形そのもので構成されています 
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過去画像では雑草を刈り込んでいる時がわかりやすいようです
ちょうど作業をされていて道筋が刈り取られていました
 
左奥二の郭への土橋
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二の郭にある東屋から左へ空堀 土塁 となります
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この桜の木の下だけ土が露出して土塁がわかりやすくなっていました
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一の郭虎口 この反対側に食い違い虎口があります
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土塁があるので外から一の郭を見ると中が見えません
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絵にかいたような構成の城で私のような初心者にもわかりやすいようです
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北から続く東面の空堀は通路としても使ったらしい
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急斜面の下には川の水が見えます
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手入れも行き届いていてよい遺構でした
全部刈り終えてからもう一度行きたい(笑)
車での訪問でしたので公共交通機関については不明です

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2019年7月28日 (日)

長岡城

新潟県 長岡市 「長岡城」

 1616年頃長岡藩立藩のころに建てられた牧野氏の居城 地震火災にも遭ったが明治まで続く 戊辰戦争の戦場となり焼失後廃城となった 現在本丸跡には長岡駅が建ち遺構はほとんど見られない
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新潟の100名城と続100名城を回るにあたり「戊辰戦争ゆかりの地スタンプラリー」にある長岡城を訪れました
といっても遺構はほとんどありません
駅前にひっそりと碑が立っています 市役所にある多目的?ホールの横には二の丸跡の碑と
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城内にあった稲荷神社
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城の碑がありました
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スタンプラリーの押印場所は駅から近い「河井継之助記念館」です
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城に関する資料もあります
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河井継之助 の銅像
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ガトリング砲という手動式の機関銃
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庭園
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博物館には模擬櫓などがあり一部当時の石垣を使用しているそうですが今回は日程の関係で寄りませんでした
こちらの記念館は駐車場が5~6台くらいです 平日ですがそれなりに来館者がいましたので車の場合はご注意を
「戊辰戦争ゆかりの地スタンプラリー」はあと一つでオリジナルハンカチゲット(スタンプ5個以上)となりました
二本松城で押し忘れてしまいましたが 地元上野があるので一応確保というところです(笑)

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2019年7月 6日 (土)

四稜郭と権現台場

北海道 函館市 「四稜郭」「権現台場」

 明治元年(1868年)戊辰戦争末期の箱館戦争で五稜郭を占拠した旧幕府軍が五稜郭への攻撃を防ぐために数日間で作ったとされる ほぼ堡塁のみで他の設備がなく半年後の新政府軍との戦いでは数時間で陥落しその後放置された 権現台場は四稜郭と五稜郭の間に設けたさらに攻守を補うための台場であったが四稜郭同様の結末となった
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北海道城巡りの旅十番目十一番目は四稜郭と権現台場
冒頭のコメント通り短い存在期間でした
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外部から虎口
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虎口
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内部から見た虎口
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土塁の上から見ると堀の状態もよく見えます
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隅から全体を眺める
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外側から見る土塁
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周りは公園になっていて住民の方の憩いの場所になっています

1km離れたところに権現台場があります
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案内板や現状の神社の周りには土塁が確認できます
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この鳥居は五稜郭を造った石工の作で現存だと案内板にありました
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2019年7月 5日 (金)

戸切地陣屋

北海道 北斗市 「戸切地陣屋」

 戸切地陣屋は日米和親条約で函館が開港されるにあたり松前藩によって築城された洋式堡塁 幕府が倒れたあと蝦夷に渡った旧幕府軍に攻撃され陣屋守備隊自ら火をかけ敗走した 現在は曲輪・土塁・堀跡が残る
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北海道城巡りの旅九番目は戸切地陣屋で四稜の洋式堡塁 です

ナビに従っていくと林道経由でしたので先に火薬庫を見ました
火薬庫なのに小さな黄色い花がきれい ラピュタっぽい(笑) 
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100mも進まずに裏御門につきました
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門から郭内に入ると門の正面に馬隠しと呼ばれる蔀(しとみ)土塁が大きくそびえ近くに建物跡もありました
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かなり多くの建物が確認されているようです
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草刈りしたばかりのようで美しい緑でした 案内板も立派!
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表御門側も同じく馬隠しがあります
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表御門正面 両方の門は整備事業で復元されました
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門脇の空堀
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表御門に続く大手道 今は桜が植わっています
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外周を回ると稜堡の形がよくわかります
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カメの頭のように一か所だけ飛び出ているところが砲台があったところです
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表御門側に広い駐車場とトイレがあったのですがナビに次の目的地を入れると林道を戻ると出るのですが
明らかに幹線道路とは逆方向なので構わず進むと間もなく幹線道路に出ました
どうやら公園墓地の施設とつながっているので公にはナビが表示しないのだろう
という私なりの結論

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2019年7月 3日 (水)

南部陣屋と函館山

北海道 函館市 元町 「南部陣屋」

 寛政11年(1799年) 蝦夷地警備のため幕府の命により南部藩が築いた陣屋 当初は幕府直轄であった 開廃があったが最期は明治元年(1868年)に撤退となった
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北海道城巡りの旅七つ目は南部陣屋 現在は函館山ロープウェイの駐車場に石垣が残るのみです
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案内板と標識
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これもそうかな⁉

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せっかくなのでロープウェイで箱根山登ることに
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やはりトワイライト時を狙う観光客であふれかえっておりました
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8割がた外国人でしょうか
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なんとか写真撮れました💦
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調べたら函館は15年ぶりでした💧


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2019年7月 2日 (火)

上ノ国町 花沢館 洲崎館

北海道 上ノ国町 「花沢館」 「洲崎館」

 花沢館は蠣崎季繁が館主 長禄元年(1457年)のコシャマインの戦いで道南十二館のうち茂別館とともに陥落しなかった2つのうちの一つ  戦いを鎮圧した武田信広が蠣崎氏の娘と結婚して住んだ館が洲崎館 後に勝山館に移り住む 江戸末期さらに松前に移ることで廃館になった 現在は土塁や堀跡が残るのみ
 各画像はクリックで拡大表示されます
北海道城巡りの旅五番目六番目は勝山館ができる前の上ノ国の居館
国道沿いに上と下に標識がありますが目立たないので注意です
ちょっと見えているのが仮設トイレと思います
ちゃんとした駐車場ではありませんが右手に5、6台は停められます
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案内板は最初の曲輪にありました
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現在発掘中のようで駐車場に何台かあった車は作業の方の車だったようです
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ご挨拶すると快く対応してくれました
試し掘りの段階のようですが古銭などが見つかっているとのことでした
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邪魔になっては申し訳ないので早々に引き上げました
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江差方向へ少し進んだところに洲崎館があります
現在は砂館神社になっています
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綺麗に整備されています
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拝殿の後ろの本殿は道指定文化財
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その裏側が堀と思われます
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表の参道の後ろ側は土塁が続いていました
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この辺りは 
磯 舟 渓流 と釣りで有名らしい
風力発電のプロペラも多く回っている地域です

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